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リル |
だんだんそういうノリで、ワケ分からんままにそっち方向に二人で流れて行って、ある日突然「DJユニットやろうぜ」って、アゲハが発作的に言い出したんすわ。私もワケ分からんままに、「いや、もうあとはやるしかないんちゃーうん!!」って。 |
アゲハ |
ターンテーブル買うてん。発作的に(笑)。 ロック・バンド始めた時とおんなじで(笑)。 |
リル |
私もいっしょに買うた。二人で梅田の楽器屋に見に行って。使い方とか、二人とも全然分かってないのに(笑)。 |
アゲハ |
もう、技術もヘチマもあったもんじゃない。ノリだけで突然始めた、しかも発作的に(笑)。 |
リル |
そのノリっていうのは、「女のDJなんて出てきたら、それだけで目立つんちゃーうん!!」っていう(笑)。 |
アゲハ |
「しかも女子高生やったら全然ヤバいんちゃーうん!!」(笑)。
あの当時は、まだ珍しかったんで。今は女のDJさんも、けっこういたはりますけど。 |
リル |
もう、理屈じゃない。今すぐ行っとけ!!(笑) |
アゲハ |
「この溢れる若さをどないしたらええか教えて欲しいんちゃーうん!!」(笑) |
リル |
二人で会うたび、叫びまくってんねん。はたから見たらキショいと思うんですけど(笑)。 |
アゲハ |
そのへんから、だんだんクラブとかトランスとか、そういうノリに移行してきて、私はその当時はまだ、バンド活動と重なってた時期がしばらくあったけど、DJやりたいなあって。 |
リル |
ちょうどファー・イーストが『肺魚の夢(Lung Fish Dreams)』(1995)っていうアルバム出した頃で、またあの頃はファー・イーストは次の違うことやり始めてたし、そのへんにも刺激されて、これはやるしかないって。 |
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ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット
( Far East Acid House Quartet )
「肺魚の夢(Lung Fish Dreams)」 (1995) |
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アゲハ |
95年頃はクラブ・シーンが熱かったっすね。で、ビデオが出ててん、「DJ入門」みたいな(笑)。最初はああいうやつで覚えたん。見よう見まねで。 |
リル |
でも、アゲハは一時、けっこう忙しかった。中学の終わりぐらいから高校にかけて。バスケと、バンド活動と、クラブ通いと、DJの練習と。もう無茶苦茶。 |
アゲハ |
エリート商社マン並みに忙しいスケジュールで、勉強するヒマなんか全然あらへん(笑)。て言うか、元々全然やる気ないねんけど(笑)。 |
リル |
自慢するわけじゃないけど、私は中学まで成績はけっこう良かったんすわ。クラスでもけっこう上のほう。でも中学の後半にクラブとトランスにハマって、そのあとは急激に下降して、やがて奈落の底へ落ちたんすわ(笑)。
最初うちの親は私立に行かせたがっててんけど、志望校二つとも滑って・・・。そのへんから親がだんだん機嫌悪くなって来て、ちょっと積木くずし状態(笑)。 |
アゲハ |
リルのお母さんが私のせいにするねん。
(お母さんの真似)「あんな子と付き合うからあんたまで成績落ちて・・・」ドッタラコッタラ。 |
リル |
それがいわゆる中流家庭の最低なとこやねん。一番腹立ったんは、私がアゲハを自分の家に連れて来ると、お母さんがアゲハの目の前でイヤミ言うようになった。
私は自分が叱られるのはええけど、なんでアゲハが文句言われなあかんのんって、だんだん親との仲が険悪になってきた。 |
アゲハ |
私は私で色々あって、バンド仲間に「お前最近クラブとか行ってんねんてなあ??」「何なんそれは?? お前もしかしてダンス系デビューするつもりなんちゃーうん?!!」とか、絡まれたりして(笑)、軋轢が苦しかった時期があった。
元々バンド内の結束が固かったし、みんなでプロ目指してやっていこうって決めてたから、バンド辞めるの自体にけっこう苦労した。
って言うのは、そもそも私が言い出しっぺで始めたバンドやったからね、みんなに怒られてもしょうがないねんけど。 |
リル |
バスケ部の先輩や仲間にも二人とも迫られたことあったし。 |
アゲハ |
三年の時、あたしとリルが「辞めます」って言うたら、卒業の時、他のメンバーに「焼き入れたるわ」とか言われたりして。二人で思いきし走って逃げたけど(笑)。 |
リル |
そのへんの反動もあって、よけいにトランスの世界に逃げ込みたいって言うか。 |
アゲハ |
でも私はその直感は正解やって信じてたな。他に頼るものがないだけに、その直感だけが頼りやった。結局、そうなって正解やったわけやけど。 |
Q |
最初は、「ルーズソックス・ドーターズ」ていう名前やったでしょ。 |
アゲハ |
それはリルが付けたんです。 |
リル |
アゲハと二人で始めようって思った時に、「ユニット名どうしよう?」って、最初は「月末デュオ」にしようか言うてたんです。私が29日生まれで、アゲハが30日。二人とも月末生まれなんで。
でもそれはあまりにもひどいってアゲハに抗議されて(笑)、「ルーズソックス・ドーターズ」になった。
いや、違うわ。最初は単に「ルーズソックス」やったんです。「ス」で終わるとユニット名ぽいやん(笑)。でもそれでは人格がないような気がして(笑)、ドーターズを入れたと。 |
Q |
コギャルやったんすか?(笑) |
リル |
(笑)うーん。みんなそういうリアクションするねんけど、べつにルーズソックス = コギャルじゃないし。あの頃ルーズ(ソックス)流行ってたからね、これで行こう、って閃きで思っただけ。 |
アゲハ |
でも実は、私らなりに、世の中に対するちょっとした反抗心もありましたよ。
あの頃って、日本のマスメディアが変なあおり方してたでしょ。極端に言うと、女子高生はみんなコギャルで、コギャルはみんなエンコーやってるねんやろ、みたいな。 |
リル |
そうそうそうそう。それがムカつくねん。 |
アゲハ |
そういうオヤジな見方が世の中に蔓延してて、しかも当時私らは現役の女子高生やったから、ムカついてた。
そんなん、当たり前の話やけど、日本の女子高生みんながいっしょなわけないやん。
だから、そういう無知なオッサンらに対して、お前らなめんなよ、みたいなね。そういう考え方ってだいぶ靴下臭いんちゃーうん!!? みたいな。
そういうのはちょっとあった。 |
リル |
そのへんの反抗心も手伝って、マジで制服にルーズソックス履いてDJライヴやったこと何度かある(笑)。 |
アゲハ |
なんか知らんけど、あれは異様にウケてた(笑)。客の盛り上がりを制御しきれんぐらい(笑)。 |
リル |
だから私らは意外と、制服レイヴ・プチアゲ・トランスの元祖かも知れん(笑)。 |
アゲハ |
いや、違う。制服アゲアゲ・ゴアトランス(爆)。 |
リル |
あ、それって最強の新ジャンルかも。制服にルーズ履いて、ミニスカの下はゴアパンやったりして(笑)。 |
アゲハ |
ついでに額にサード・アイ付けてな(笑)。それがクラブのブラックライトで時々光りよんねん。カーッ!! て(笑)。 |
リル |
サイケ調にやろ? (笑) |
アゲハ |
そうそうそうそう(笑)。角度によってメッチャ色変わるねん(笑)。 |
リル |
それはうちのレーベルのロゴや(笑)。 |
アゲハ |
で、オーラのような七色のスペクトルが客に向かってガンガン出るねん(笑)。ほれ、分かったか?? みたいな(笑)。 |
リル |
恐すぎやあ〜(笑)。で、仕上げはガングロのヤマンバ化粧で(笑)。ってどんなDJや(笑)。 |
アゲハ |
だからその頃がいちおうキャリアの始まりで、ぼちぼち地元のクラブに出てたりしたけど、でもまだ15、6やし、自分らの考えなんてないし。プロになる気もなかった。 |
リル |
何かをしよう、じゃなくて、私らは何が出来るやろう? みたいなね。 |
アゲハ |
そうそう。そういう模索の時期。だからいろんなことを始めてた。
そのへんからだんだん、日本でやってる「レインボー(レインボー2000)」とかEquinoxとかああいう系の野外のトランス・パーティが盛んになって来た時期で、そういうやつに二人で行くようになったりしてた。それが高校時代。 |
リル |
そういう時期に、ファー・イーストのメンバーにプライベートで会えたのは、凄く良かったと思うんです。 |
アゲハ |
そうそう。ファー・イーストは音楽も凄い。レイヴも凄かった。でも、本人たちも魅力的な人らやったから。そうじゃなかったら、ここまで来なかったと思うんです。
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Q |
ファー・イーストのメンバーと交流が始まったのは、どのへんで? |
アゲハ |
私は基本的に交際ベタで、いったん慣れると打ち解けるねんけど、初対面とか苦手で、不器用に突っ張ってしまうほうやから・・・、「お前何、気張ってんのん」て自分で自分にツッコミたくなるぐらい・・・(笑)、だから最初はリルが会いに行ったんですわ。 |
リル |
私はチョコマカ動く蟹座なんで、そこは問題ないです(笑)。人と知り合うの得意なんですね(笑)。
話が前後するけど、最初、レイヴに行った直後ぐらいやから、94年ぐらいかな。当時ファー・イーストのファンクラブっていうのがあったから、それに申し込みして、そしたら会報みたいなやつと雑誌を送ってきたんです。
当時出てた「地下室」っていうレイヴ関係の機関誌。面白かったから、バックナンバーとかも取り寄せて、読んだら、それにインタビューとか載ってて、メッチャ面白くてね。この人らやっぱりタダ者じゃないで!! って。 |
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ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット
( Far East Acid House Quartet )
「太陽黒点(Sunspot) 」(1997) |
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それで、ちょっとした下心があって事務所に電話したんですわ、大阪にあったファー・イーストの事務所。
そしたら昌美さん(土井昌美、元・バンドマネージャー)が出て、向こうも私のこと覚えててくれて。
それで何度か電話してるうちに、「電話代もったいないし、一回、遊びにおいでよ」って言ってくれて。
そんなに遠くなかったから、電車乗ってそこのビルまで行ってみたら、ビックリしたのは、昌美さんがほとんど一人で全部切り盛りしてたんですね。
それでバンドのこととかいろいろ事情を聞いて、「実は、ここだけの話やけど、ファー・イーストはもうダメかもしれない。もしかしたら、来年あたり解散するかもしれない」って。
なんか一瞬ガックリ来てしまって、そしたら昌美さんが私を見て、「今度、メンバーとスタッフでプライベートの飲み会やるからおいでよ」って。
それで速攻、アゲハ連れて行ったんですね。あれが、中三の終わりの春休みとかやったっけ? |
アゲハ |
たぶんそのへん。リョウちゃん(スペースDJリョウ)の家で飲み会があって、メンバーもスタッフもみんな来てた。musashiさんと最初に知り合ったのもあの時やったよね、確か。
で、そのあと、どうなったんかな。私がエリちゃん(田嶋エリサ)と仲良くなって、「うちに遊びにおいでよ」って言うてくれて。リルと二人で長野の家まで遊びに行って、泊めてもらった。 |
リル |
そのあと私が、カヲルちゃん(市川カヲル)と仲良くなった。古着の話で盛り上がって、「今度古着、いっしょに買いに行こう」とか、向こうから誘ってくれて、いっしょに行ったの覚えてる。
アメ村の古着屋さん。もうつぶれてしまったと思うけど、60年代ファッション流行ってたでしょ、あの頃。ああいうのばっかり置いてるオシャレな店があって、そこの店員の女の人とカヲルちゃんが同い年で、友達やった。 |
Q |
ファー・イーストのメンバーたちに実際に会って、印象はどうでした? |
リル |
何て言うかなあ・・・。レイヴの印象とは逆に、みんな知的で、感情が繊細で、優しい人たちやなって思った。ふだんはみんな、落ち着いてて物静かやし。
最初は、あの野外レイヴの印象が強烈に焼きついてたし、当時の私らから見ると、「大人!!」って感じやったから、テントで挨拶した時は恐い印象があったけど、実際に近くで喋ってみると、むしろあのレイヴの強烈な印象とちぐはぐで、別人みたいにすら思えたぐらい。 |
アゲハ |
それから何度か飲み会に行ったけど、飲み会の時はリョウちゃんがいつもみんなを笑かして、ビール噴かせまくってた(笑)。 |
リル |
リョウちゃんのギャグが面白すぎるって思った(笑)。ライヴではエリちゃんが主役やったけど、飲み会の時はリョウちゃんが一人で仕切ってた(笑)。
リョウちゃんはふだん無口で無愛想やのに、ああいう時は異常に饒舌になるから、その差が逆に面白すぎるって言うか。そういう意味で、ある種の大阪人の典型(笑)。 |
アゲハ |
エリちゃんは大人の女性やなあって感じで、私は個人的に憧れもあったな。あのあとエリちゃんが亡くなるまで、三年ほどかな、私は彼女と付き合いがあったけど、いろんな話したなあ。 |
リル |
高校に入った頃かな、私らがDJをやりたいって言うと、エリがリョウちゃんを紹介してくれた。
「エーッ、こんな偉い人の弟子になってええのかなあ?」って気おくれしてたけど、リョウちゃんの家に遊びに行くと、気さくに教えてくれて・・・。 |
アゲハ |
そうそう。だから実を言うと、DJは二人ともリョウちゃんから教わった。 |
リル |
リョウちゃんって外見は恐い人に見えるけど、ほんとはめっちゃ優しい、ええ人。後輩の面倒よく見てくれるような人、おるでしょ? そういうタイプ。 |
Q |
アキさん(芙苑晶)は? |
リル |
アキさんは、ファー・イーストの四人の中では、当時私らと一番縁がなかった。だから当時は、ほとんど付き合い、なかったですね。 |
アゲハ |
付き合いがなかったのは、アキさんが忙しかったせいもあったと思う。
メンバーの中では、彼が当時から一番多忙な人やった。ソロ活動もしてたし、アメリカで幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)もやってたし。 |
リル |
だから当時は私らの間では、アキさんの評判はあまり良くはなかった。飲み会の時とかもあんまり喋ってくれへんし、なんかこの人無愛想やなあ、って。 |
Q |
そういうつきあいの中で、ファー・イーストのメンバーに感化された部分とかあった? |
アゲハ |
そうやなあ、どうですかね? 私らはほんまに不良少女もええとこで、イケイケでずーっと来たやん。
だから上の世代の大人の人とかにゴルァとか言われてもフーンって感じで、平気で言い返したりしてたけど、ファー・イーストのメンバーに対しては、全く逆の気持ちが常にあったと思うなあ。 |
Q |
逆と言うと? たとえばリスペクトとか、そういう。 |
アゲハ |
そう、まあ、そういうことになるんかな・・・。
ファー・イーストのメンバーが面白かったのは、みんなすっごいこう、いい意味で独自の生き方して来てる人ばっかりじゃないですか。だからふつうの大人の人とは違う情報持ってるわけじゃないですか。 |
リル |
今自分がこうやって大人になってみて思うのは、そういう遊びの日々の中で、すごいいろんなものを吸収した気がするんですよね。 |
アゲハ |
そう、吸収や。それが言いたかってん、私も。じゃあ何を吸収したんですかって言われても分からないねんけど。でも、あの四人と付き合って、私らが大きく変わったのは事実やし。
音楽とかだけじゃないですよ。もっともっと広い意味。生き方とか、考え方とか。
だからそういう意味では、リスペクトいう言葉じゃまだ浅いって言うか。 |
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リル |
コンサートみんなで見に行ったりとかもした。覚えてるのは、97年かな。エイフェックス・ツインが来日コンサートした時、みんなで見に行ったこともあった。 |
アゲハ |
そうそう。ベイサイド・ジェニーかな。あのライヴはたまたま、ファー・イーストのメンバーも見に来てて、私ら二人も誘われて行って、昌美さんも来たはったし。 |
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Aphex Twin
「Come To Daddy」 (EP) (1997) |
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リル |
エイフェックス・ツインがベッドにずーっと寝転がってDJやっててん。やる気ないねん、あの人(笑)。そのあと突然、リチャードの顔貼り付けた恐いぬいぐるみが二匹、ステージに出て来て格闘して・・・(笑)、プロモにも出てくるやつ。 |
アゲハ |
あれはWARPの社長が中に入ってるいう噂やったけど。 |
リル |
Aphexのライヴ自体面白かったけど、あの会場で珍しくみんなが揃ったのが凄く嬉しかった。
今にして思うとあれって、エリちゃん・リョウちゃん・アキさんていうファー・イーストの三人とTRDの二人と、みんなが顔合わせた最後の瞬間やったんと違うかな。 |
アゲハ |
あのライブのあと、また朝まで飲み会があって、リョウちゃん・アキさんの二人はIDMに早くから興味持ってたらしくて、二人でIDMとかドラムンベースの話とかしてたり、エリちゃんがエヴァンゲリオン(新世紀エヴァンゲリオン)のファンで、毎回欠かさず見てて、「EVAは凄い」みたいなこと言うてたのが面白かったな。 |
リル |
ちょうどカヲルちゃん除いた三人で、ファー・イーストの最後のアルバム作ってた頃ですね。私らも参加してるけど。『電気羽虫 (Electric Locust)』っていうやつ。 |
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ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット
( Far East Acid House Quartet )
「電気羽虫 (Electric Locust)」 (1998) |
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アゲハ |
で、あの日がみんなが顔を会わせた最後になった。
ショックやったのは、エイフェックス・ツインのライヴを見て、飲み会が終わって、次の日ぐらいやったっけ? エリちゃん(田嶋エリサ)が亡くなった、って連絡があって。 |
リル |
嘘でしょ、って感じで。昨日会うたばっかりやったのにって。 |
アゲハ |
ショックって言うより、不思議な感じがした。だってあの晩の飲み会の時も、リョウちゃんが「リチャードの顔の真似」(笑)とかするからエリちゃんは大笑いして止まらなくなってて、お腹痛いって転げて笑ってて、元気そうに見えたから。 |
リル |
だから、あの飲み会の時が、エリちゃん見た最後になった。で、そのあと、リョウちゃんとアキさんが、最後アルバムの方向性でモメ始めて、しまいにケンカになったんやって、あとで昌美さんから聞いた。 |
アゲハ |
で・・・、その年の秋かな。とうとう解散した。 |
- 17才のトランス少女たちの、不思議なレコーディング体験
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Q |
そういうドーターズが、のちにアキさんとコラボするようになったっていうのは・・・? |
アゲハ |
結局、97年か。ファー・イーストが解散した時に、なんか私ら二人とも、気が抜けてへなへなと地面に座り込んでしまうぐらいガックリ来てしまって・・・
前から解散の噂は聞いてたし、バンドとしてはもう活動してないのは分かってたけど、とうとうこの日が来たか、いう感じでね。それくらい精神的に支えにしてたから。 |
リル |
私らにしてみれば、せっかくメンバーとも友達になれて、高校入ってDJ活動も始めて、サアこれから、っていう矢先の解散やったから。
ほんとに途方に暮れた、あの時は。 |
アゲハ |
エリちゃんやカヲルちゃんがそのあとも生きてたら、たとえバンドが解散しても、彼女らの性格やったら、プライベートでも気前良く付き合ってくれたと思うねんけど。
だからしばらく二人で落ち込んで、一時はDJ活動やめたんですね。
それは、自分たち自身のこともあって、私らはちょうどDJ活動とクラブ通いが学校バレになって、二人して高校退学処分になってね、この先どないしようって悩んでたし。
私はプーしてて、ブラブラしてた。リルはリルで、どっか専門学校でも行こうか、美容師の見習いでもやろか、とか言うて、いろいろ悩んでたみたいやし。 |
リル |
だから17ぐらいやね。ちょうどその頃やと思うけど、私がリョウちゃんの大阪の家に遊びに行ったら、たまたまアキさんが来てて、ちょっとだけ喋った。
あの時初めてアキさんとまともに喋ったような感じかな。
私はデモテープ持って来てたんですね、シンセで曲作りトライしてたから、感想聞かせてもらおうと思って。リョウちゃんはそれなりに感想言うてくれたけど、「曲のことやったら、俺よりアキに聞いてみ」て言うて、アキさんと交代した。
その時アキさんは、ふんふんって曲を聴いてくれて、それからファー・イーストの話になった。そしたらアキさんが、
「俺は今、次のソロ・アルバムのレコーディングしてて、その中にはファー・イーストのレイヴでやってた曲も入ってるし、エリやリョウもゲスト参加したし、君らも参加する?」
って、突然言い出したんです。 |
アゲハ |
リルがその話を持って帰って来た時、ビックリして、落ち込んでた矢先やったから、なんか嬉しくてね。救われたような気になって。
私ら二人とも、まだ17やしね、自信なんかなかったけど、なんとなく
「それ、面白そう!! やってみたい!!」って。一も二もなく飛びついた。 |
リル |
それがアキさん(芙苑晶)の『宇宙論(Cosmology)』(1998)っていうアルバムですね。それがまあ、いちおう公式なドーターズのデビューの仕事っていうことで。 |
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芙苑晶 (AQi Fzono)
「宇宙論 (Cosmology)」 (1998) |
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Q |
あのアルバムは、ドーターズはシンセで入ったんよね? |
リル |
うん、アナログ・シンセ。面白かったのは、アキさんのスタジオに行くと、ファー・イーストで使ってた機材がそのまま置いてあって、303(TB-303、シンセサイザー)とか、ミニムーグ(シンセサイザー)とかね。
TB-303はエリちゃんの遺品で、ミニムーグはカヲルちゃんの遺品やったんですよね。それ二人が死んだあと、アキさんが預かってたんです。 |
アゲハ |
レコーディングの時、アキさんが不思議なこと言うたの覚えてる。「このカヲルとエリの機材で、ファー・イーストのレイヴに参加したつもりでやってみな」って。 |
リル |
実際あのレコーディングは、不思議やったよね。
レコーディング終わってから、アゲハが真っ青になって硬直してるから、
「どしたん?」って聞いたら、
「あたし、自分で演奏したような気がしないねんけど・・・」って。 |
アゲハ |
それはね、暗示にかかったと言われたらそれまでやけど、ほんまにそんな気がしたんですよね。
ヘッドフォンでトラック聴きながらシンセのツマミを回すと、思った通りの音になるんですよね。
私それまで、シンセなんて練習したことなかったのに。あの時が初めてですよ。 |
リル |
私は打ち込みやってたんで、シンセはある程度知ってたけど、あんなプロ・ユースなシンセを触るのは、やっぱり私もその時が初めてで。 |
アゲハ |
でも、どれもほとんど、テイク1OKぐらいやった。 |
リル |
終わった時、アキさんはセッション・ギャラの代わりに、私にカヲルちゃんのミニムーグをくれて、アゲハはエリちゃんのTB-303をもらったんですね。アキさんが
「二人ともまだ素人だし、この程度の仕事でお金を渡すのは良くない。その代わり、金じゃ買えない物をあげる」って。 |
アゲハ |
でも私は、かえってそれが嬉しかった。この人は私らのこと分かってくれる人や!!って。
だから、それまでメンバーの中で一番遠い存在やった人が、あのレコーディングで急接近したような感じがあった。 |
リル |
そうそう。そのへんから、世代を超えた友達って感じにだんだんなった。 |
Q |
でもそのあと二人は、一回音楽から遠ざかってるでしょ? |
リル |
うん。幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)の3枚目かな、『Mrs. Cyborg's 12 Dreams (人造夫人の12の夢)』っていうアルバムがあって、今度はそれのリミックスやって欲しいって言われて。それがリミックスの初仕事やったと思う。
確かアキさんが次の年に日本に戻って来た時に、打ち合わせを兼ねて三人で喫茶店で会ったんですけど・・・。
あの、何て言うんですか、デモ盤あるじゃないですか。プレスする前の原盤の元になってるディスク。あれのCDをくれたんですね。
で、その頃には私らもアキさんにすっかりなついてて(笑)、「これから、どうするんですか」って聞いたら、アキさんが「僕は、音楽、やめるよ」ってボソッと言うたんですね。 |
アゲハ |
そう、あれはビックリしたなあ。で、また二人で、真昼の喫茶店でポロポロ泣いてしもた(笑)。 |
リル |
嘘でしょう? っていう感じ。もう、悪い夢見てるような気がした。 |
アゲハ |
他のメンバーがいなくなっても、アキさんだけは音楽活動続けると思ってたから、あの時は二人とも涙が止まらへんかった、ほんとに。
なんかもう、悔しくて・・・。 |
- ほんの偶然からプロデビュー!! でも・・・??
そして二人はインドへ!!
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リル |
まあとにかくそんなことがあって、私らも途方に暮れて・・・。
私は私で、音楽に執着はあったけど、悲しかったからかな、なんにも考えられなくて、いっそ音楽じゃないことやろうって思ったような気がする。
それで、前から映像に興味持ってたから、そういう芸術系の専門学校に入ったんです。
ほんとは遊びたかったから、べつに料理学校でもどこでも良かったんやと思うんですけどね(笑)。 |
アゲハ |
私は私で、やっぱりファー・イーストが終わったことがイコール、私の青春がもう終わったみたいな感じがあって、それと私自身、自分の家のこととかでも悩んでたし、逃げたい気持ちがあってさ。
それで知らない土地を旅してみたいなって。 |
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幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)
「Mrs. Cyborg's 12 Dreams (人造夫人の12の夢) 」(1999) |
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それで18になった時、バイトで貯めた金で、最初メキシコ行ったんですね。その旅先でいろいろ面白い経験があって・・・
長くなるから省略して言うけど、そこでドイツ人の面白い女の人と知り合った。
私より五つぐらい上なんですけど、彼女が偶然って言うか、レイヴ・トラヴェラーの人で、なんとファー・イーストのこと知ってたんです。ファー・イーストがベルリンのガレージでライヴをやった時もかぶりつきでシッカリ見てて、ファー・イーストのCDも買って持ってた。
エエーッて感じで仲良くなって、しかもヒッピー同士なんで、じゃあいっしょに旅行しようって、メキシコでいっしょにキノコを食べる会に入ったりとか、そのあとネヴァダのバーニング・マン(野外レイヴ・パーティ)に行ったりとか。そういう意外な展開になった。 |
リル |
アゲハが日本に戻って来た頃には、私は専門(学校)の勉強についていけなくなって、やめて、プーしてたんですけど、そしたらある日アゲハから電話がかかってきて、
「あー久しぶりやあー」て思わず言うたら、
「これから家、行っていい?」とか言うて。
で、
いきなり家に来て、そしたらいろいろ情報持って帰って来て・・・。海外のいろんな国のパーティの話とかしてくれて、ビックリした。 |
アゲハ |
リルはリルで、いろいろ変化があったみたいで。 |
リル |
うん。で、そうこうするうちに、「もう一回、二人で音楽やろう」ってアゲハが言い出したん。
「あんたも私も、何にもしてないやん。就職するでもないし、遊ぶでもないし・・・。このまま何にもせずに人生が終わるんやったら、二人で好きなこと全部やってから死のうや」って。 |
アゲハ |
あの頃私、死にたい・死にたいってしょっちゅう言うてたからね。
ふだんからそういうヤバい状態で、次のパーティが来る日が待ち遠しくてしょうがなくて、パーティ行くとまたドーンとアゲアゲ行って、それでしばらく持ち直す、とか。
そういうほとんどキレっぱーって言うか、無茶苦茶な状態やった。99年ぐらいって、もう最悪のどん底やった。 |
リル |
アゲハはひどかった。でも私も人のこと言われへんぐらい良くない状態やった。
専門学校やめてから、アパートの部屋で半分こう、ひきこもりみたいな、ずっと自堕落な生活してて、自己嫌悪がひどかったから。
私ってなんでこんなに根気ないんやろう? って思って、鏡見てたら、ポロポロ涙出てきて、止まらんようになって・・・。 |
アゲハ |
それで二人で話し合ってるうちに、「リョウちゃんか、アキさんに会いたい!! 今すぐ会いたい!!」って言い出したんです、どちらからともなく。
二人とも同じこと考えてた。 |
リル |
でもリョウちゃんは、ずっと行方が分からんかった。引退して、ロンドンに行ったっていう話しか聞いてなくて。
昌美さんとか、他の人に聞いても、連絡がつかないから、っていう話やった。 |
アゲハ |
で、結局、「アキさんに会いに行こう」っていう話になったんです。
アキさんがインドにいるっていうのは知ってたし、連絡先をもらってたから。なんかヒントだけでももらえるような気がして・・・。 |
リル |
というのは・・・これ、みんな知らんのじゃないかと思うけど、実際にはアキさんはあの頃、インドのゴアに住んでたんですね。 |
アゲハ |
恐かったのは、たとえ私らがいきなりゴアに行っても、現地でアキさんに会えるっていう保証は全くない。
だいたいの場所しか分かってなかったし、電話連絡はつかへんかったから。
でも、まあええやって。インドは、ゴアのトランス・パーティに前から行きたかったから、「もしアキさんに会えなくても、ゴアで遊ぼう」って。
そういうノリで二人で行ったんですわ。それが1999年かな。 |