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芙苑晶のアルバム(ディスクレビュー、ただし独断と偏見に満ちた) |
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これは一言で言うのがなかなか困難な世界です。電子楽器をメインに使っているので、テクノ、エレクトロニカといったふうに分類されますが、芙苑晶の音楽世界は非常に独創的で、幅広く、なおかつ奥深いものがあり、簡単にジャンル分けとかで語れるものではないからです。
しかも、一個一個の作品に「世界」があって、1作品1ジャンルみたいな感じで完結しているのが特徴で、そういうところにかえって愛着を持つ人がファンの中には多いようです。
だからそういう意味では、1曲ずつ聴いても楽しめるでしょうが、できたらアルバム単位で通して聴くと本当の良さがわかるアーティストではないかと思います。
さらに、それらのアルバムを発売順に聴いていくと、彼の音楽家としての、あるいは人間としての進化がわかるようなところもあり、そういう聴き方で一つのストーリーが描けてしまうという、これもまたふつうのポップスにはない魅力です。
昔日本でも出た芙苑晶の音楽に対するレビューで「無限の可能性」という言葉がありましたが、これはなかなかいいヒントかもしれません。ほんとにアルバムを聴いていると「無限」とか「宇宙」とか「深遠」・・・あるいはアシッドなどと言っても意味は同じですが、そういうイメージが浮かんできます。
また違う言い方をすると、世間で言われているアシッド、トランス、サイケといった言葉がむしろ安易な使い方でしかないと思えてくるぐらい、実に神秘的な深いイメージを投影しているなと思わされる音楽でもあります。ほんとうの意味でのアシッドであり、トランスであり、サイケという感じが僕はするし、ファンの方にはそういう評価の人も多いようです。
しかし並みのテクノやアシッド・トランス系音楽と違うのは、やはり構成力がしっかりしていることではないかと思います。別のページにも書きましたが元々クラシック出身の人なのでアレンジが非常にうまく構築されたもので、それで一種の映像的なイメージが出てくるのではないかという気がします(たぶんですが)。
NYの Nerve Nets Records という小さなレーベルから出ていたのですが、このレーベルは経営不振のための閉鎖されたため、現在彼のアルバムの半分以上は廃盤扱いになっています。
現時点( 2007 年 3 月)で、日本国内で現行新品のCDとして入手できるオリジナルのアルバムは『宇宙論( Cosmology )』( 1998 )と『年代記( Chronicle )』( 2003 )の二作だけです。 他は中古かオークションを当たるしかありません。
(しかし将来はアメリカの Lavalamp Records から再発の予定があるそうです。)
芙苑晶(Amazon.co.jp)
しかしいずれも、ふつうのポップスのアルバムからは想像もつかないほどの大作で、このたった二枚を聞くだけでも、芙苑晶というアーティストの凄さ、大きさは、きっとわかるはずです。
以下は僕が個人的な感想として書いたレビューなので、なんのこっちゃわからん話も出てくると思いますが、参考程度に読んで下さい。
(なお、代表作ということもあり、『宇宙論(Cosmology)』
については作品研究ページを設けてみました。他のアルバムについても書こうかと思ったのですが、現時点では新品として発売されていないこともあり、聞く前に先入観を持つ人が増えても良くないと判断して、詳しい解説は差し控えました。その他のアルバムについては、今後公式発売され次第、僕なりの解説を随時書いていきたいと思っています。) |
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芙苑晶ソロアルバム >
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| 『燐光( Phosphorescence )』( 1988 ) > |
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こんな物が1988年に作られていた、というのは驚異です。のちのサイトランス(とはまたちょっと違うけど)、アンビエント・サイケ等を5年ないし10年は先取りした音楽。
芙苑晶の 19 才のデビュー作で、Siamese Twin(サイアミーズ・ツイン)という不気味な名前( Siamese Twin とは「シャム双生児」の意味)でリリースされていますが、とても 19 才とは思えぬほどの老成ぶりに驚いてしまいます。
ほんとは芙苑晶は当時、顔も名前も世間には出したくなかったそうで、一生 Siamese Twin でずっと行きたかったそうですが、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット(Far East Acid House Quartet) の活動で顔バレになってしまい、次作以降本名でアルバムを出し、現在に至っています。本名で充分カッコイイのになぜ?と凡人の僕は思ってしまいますが、こういう理解不能な面もまた魅力です。
じつはこのアルバムは、彼が当時やっていたバンド「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット」のファースト『十億の神経の針( A Billion Nerve Needles )』(これもなかなか名盤)と並行してレコーディングされたと言われています。
このことからもわかるように、1988年夏のあの「セカンド・サマー・オブ・ラブ」こと、
アシッド・ハウス・ムーヴメントがヒントになって作られた作品だったのですが、そこは芙苑晶で、すでに、クラシックやミュージック・コンクレート、アンビエントなどが巧みにミックスされて、芙苑晶的な独特の幻想の世界が形作られています。
アナログシンセのまったりしたサウンドが他のアーティストにはない独特な幻想的世界を作っており、パッと聴くと?という感じもしますが、何度か聴いているとだんだんその静かで幻想的で深い世界にひきずりこまれていきます。
タイトルの「燐光」は、メスカリンによる幻覚からとっていると言われています。 僕はあいにく経験はありませんが(いやマジで)聴いているとその幻想の「世界」が伝わってくる感じがあります。LSDの教祖と言われるティモシー・リアリー氏が来日時に芙苑晶と会っていますが、これを聴いて感心してくれ、エレクトロニクスによるヴァーチャル・リアリティの世界について二人は議論して盛り上がったという、伝説的な逸話があります。 |
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芙苑晶の2ndアルバムであり、初期の代表作と言われる名盤です。ジャケットやブックレットからも分かるように、ここでは「森の神秘と幻想」がテーマになっています。
森の木霊(樹木の精)に変身した芙苑晶をあしらったジャケットが秀逸。これはあとでインタビューで知ったことですが、この『木霊( Echoes )』という題名は、「残響音」の意味のエコーと、樹の精のエコーの二重の意味を兼ねているとのこと。 Siamese Twin 名義盤と芙苑晶盤があるらしいが、前者はほとんどレアで、ふつう中古で見かけるとしても芙苑晶盤。
まあ簡単に言えば、「ゆらめく電子音が気持ちいい!」そういう世界とも言えます。テクノやトランス風もありますが全体にはアンビエント+ハウス+クラシカルといった感じ。ついでながら、テルミンの上手さにも驚かされました。
今振り返ってみればこのアルバムは、アナログ・シンセが再注目される 90 年代の到来を大きく先取りしていたとも言えるわけで、アナログの予言者としての芙苑晶をここに見ることも可能でしょう。
森の環境音や虫の鳴き声のように聞こえる音も、すべてアナログ・シンセで合成されているというから驚き。シンセの職人・芙苑晶の才能がきらめいていると同時に、シンフォビエントの世界初の作品といわれるだけのことはあり、独特な手法によるコンセプト・アルバムに仕上がっています。
なので、このアルバムは「匠」って感じがします。
変な感想だけど、これだけシンセの扱いがうまければ、オペレーターだけでも食って行けそうだと思ってしまうのです。いわゆるニューエイジとは一線を画す、本物の電子音楽を知っている人ならではの、渋く骨太な味わい。 |
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廃墟のコミューンやレイヴ・パーティなどの、当時の芙苑晶のプライベートを垣間見るようなアルバム。全体に、なにげに憂鬱。とくに前半は虚ろで暗い雰囲気があり、かなりアクの強いサイケデリックなアンビエント・テクノ(=まあそれもまたシンフォビエント)という感じです。
アナログ盤で言うと A 面がアンビエント+サイケデリック、 B 面がテクノという構成で、違った言い方をすれば、前半はダウナー、後半はアッパー(笑)。ムーグは鳴るわ、テルミンは鳴るわ、メリーゴーランドは出るわで、なかなか凝った造りですが、 B 面はトランスとかレイヴあるいはゴア・テクノに近いような、まあ言ってみればレイヴ的なダイナミックな曲もあり、どこがアンビエントやねんという感じがかえって面白い。そのあたり、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットの活動などの影響も部分的に感じられます。
これは昔、芙苑晶のインタビューに出ていたことですが、 A 面はヒッピーコミューンでの日常生活、 B 面は都会の風景を表しているそうです。 B 面頭の「 Ruins 2」は昔クラブでかかっていたこともあり、日本にも知っている人もいるかもです。
最初聞いた時、あまりのわけのわからなさに「なんじゃこりゃー」と思ってしまったアルバムでしたが、聞き込むほどに良さがわかってくるようなところがある不思議な作品。しかしこの全体に幻覚を見るようなシュールな雰囲気は、言葉ではいかんとも説明しがたいものがあります。
さらに、何がどうなってんのか分からないほど音を重ねまくったコッテリしたアレンジに、なにげにザラザラしたサウンド(のちの芙苑晶のアルバムの特色となっていく)は、今思うとけっこう時代な感じもします。
芙苑晶の音楽の魅力の一つに「狂気」があると思います。この『荒廃( Ruins )』そして続く『伽藍( Cathedral )』の二作にはそれを強く感じます。
『宇宙論( Cosmology )』以後の作品に比べ、このアルバムを含むシンフォビエント三部作は私小説的な色合いが感じられるが、このアルバムはとくにそうだという気がします。
とにかく、このへんの芙苑晶は、あっちの世界に行きっぱなしで帰って来れない恐さがあります。でも、好きなんだよねーこれ。 |
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| 『伽藍(Cathedral)』( 1995 ) > |
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これはスゴイ。個人的に非常に好きなアルバムで、古くからのファンには、意外とこれをNo.1 に押す人も多いようです。シンフォビエント三部作のフィナーレですが、実際にはシンフォニック・テクノに近いダイナミックなアレンジの曲も多いので、『宇宙論( Cosmology )』が気に入った人はこれも好きでしょう。
ダンス・ミュージックの中でもトランス(その中でもサイケデリック・トランス)は、神秘主義と関係が深いと言われてますが、芙苑晶はそのど真ん中にいる音楽家だと僕は信じています。この一枚でそれが120パーセント、証明されている気がします。
アシッドの幻想の彼方に現れるまぼろしの伽藍(大聖堂の意味だそうです)。その中でおこなわれる黒ミサの世界、天国と地獄のうたげ・・・等々が、サイケデリック・トランス、アンビエント・サイケとクラシックの合体によって聞こえます。
『木霊( Echoes )』→『荒廃( Ruins )』→『伽藍( Cathedral )』と聞いていくと、アレンジがどんどん深みと壮大さを増していると同時に、あるストーリーのようなものが浮かんでくる気がします。 だからここで一つの物語が終わったという印象があります。
オカルトと言うか悪魔崇拝の黒ミサのようなイメージも感じさせる不気味で壮絶かつ耽美的なシンフォニック・アシッド・トランス …… と言うとある程度イメージが伝わるでしょうか。パイプオルガンとトランス・テクノを合体させたり、合唱がアンビエント・テクノに変換されたりと、変幻自在なアレンジが前代未聞の凄味です。
しかしそれだけに、メロディの美しい曲も多く、ちょっとアレンジを変えればトランス系のヒットポップスになりそうな名曲もいくつか含まれ、ファンの中には高く評価する人もいるようです。「 Cathedral 1 」はシングルカットされていましたがこれは凄いいい曲だと思う。
これは実際に芙苑晶がLSD体験によって見た幻覚の世界をモチーフに描いたアルバムということです。ジャケットのモデルさんは田嶋エリサ(元・芙苑晶夫人で、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットのダンサー)。ウェブでわかるかどうかわかりませんが、CDジャケは美しく幻想的です。 |
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このアルバムは90年代の芙苑晶の代表作と言っていいでしょう。現時点(2006年)芙苑作品の中では No.1 に推す人が多いようですが、筆者も大変好きなアルバムです。
人気作品で、98年の発売以来、かなりの枚数が売れたと言われています。
このアルバムを最初に聞いた時の驚きは今も忘れられません。そしてその驚きは今も薄れていないし、聞くたびに発見がある。テクノのみならず電子音楽ないしはシンセサイザーの歴史に残る名盤といって過言ではないというのが僕の意見です。なんせ幅広く、そして奥深い。聴きやすいのに、入っていくと深さは底なしといった感じがあります。
クラブミュージック的なエッジの効いたサウンドとクラシックをベースにした壮大なアレンジ、サイケデリックなトランス感覚とシンフォニックな構築美といった、一見相反するものが、まるで違和感なく融合しているのは驚きとしか言いようがない。そしてこれは芙苑晶にしかできなかった仕事だというのが伝わってくるのがすばらしい。
サウンド自体も面白い。時計の音をサンプリングしていて、秒針のチクタクいう音をハイハット代わりに使い、心臓の鼓動の音をキックに使ったIDM風の奇怪な「Cosmology 2」、パイプオルガンをトランスに合体させたバッハのように荘厳な「Cosmology 3」等々、どれも非常に濃密で、凝りまくった音ですが、同時に荒々しさもあり、全体にポップでもあることが、人気の理由かもしれません。
そしてよく聞くと、 70 年代のスペースロック/シンセサイザーミュージック(ピンク・フロイドやジャン・ミッシェル・ジャールなど)的なイメージが(意識的なものかどうかはわからないが)投影されているような印象も受けます。そうしたことから、このアルバムを境に、さまざまなジャンルの人が芙苑晶を評価するようになったという記憶があります。
また、芙苑晶のトレードマークの一つともなった、シンフォニック・テクノという言葉はこのアルバムから誕生し、そしていまだにフォロワーを生んでいないことも驚きでしょう。
異なる音楽文化をひとつの組曲スタイルの中に融合することで事実上ジャンルを超え、同時にシンセサイザーでしか成し遂げられなかった世界を具現したという点、誰も踏み込まなかった領域に一人で踏み込んで新しい世界を切りひらいたという点で、芙苑晶はやはり世界級のアーティストであり(ソロだとジャン・ミッシェル・ジャールとかといった音楽家に匹敵)それを超える新世代の、新しいタイプのアーティストとして評価されるべき人だというのが、国境を越えて伝わり始めた最初のアルバムでもあったのではないかと思います。
一時、廃盤になっていましたが、リクエストが多かったため、 2006 年にジャケットを新たにして Lavalamp Records よりデジタル・リマスター盤が再発されました。リマスターのほうが当然音は良くなってますが、音楽は大きな違いはないです。ただしブックレットは豪華になってます。
日本でも現在 Amazon その他のサイトで容易に入手可能。日本の Music Term では何度となくチャートインして月間チャートのトップ10に入っています。シングルの「Cosmology 5」はテクノ・トランスの名曲でリミックスがいくつもあります。
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『宇宙論( Cosmology )』で、欧米ではある程度のブレイクをしていた芙苑晶ですが、その後、噂ではドラッグや離婚等々で田舎に引っ込んでしまい、再起不能とも言われていたこの時期、前作から5年の沈黙を破って出た作品がこれです。
一言で言って、スゴい大作。『宇宙論( Cosmology )』が好評だっただけに、次はエレクトロニカか IDM だろうと予想していたファンが多かったらしい(僕も)ですが、そこは裏切って、なんとオーケストラと大合唱を組み込んだクラシック風の超大作です。シンセも使ってますが、隠し味になっているようです。
芙苑晶ならではのコッテリしたエレクトロ系が好きだった僕としては、買った当初は思惑が外れてしまいましたが、しかし個人的好みを別にして言えば、これはこれでまた違う世界、新しい世界を教えられたという点で傑作です。
ほめるべき点は、まず、全編に流れるメロディは美しいの一言。それに、シンプルだけど凝っていて、壮大なスケールのアレンジも聞き物です。並みのポップスしか聴いたことない人は、サウンドだけでビックリして腰を抜かすでしょう。
で、何度も聴いているとやっぱりハマる。そしてやっぱりここにも芙苑晶ワールドがあるなと思います。それは何だと言うと、「誰もやったことない音楽につねに挑戦する革新的な作曲家」ということではないでしょうか。誰かも言ってましたが、ロックで言えば、フランク・ザッパのような「天才作曲家」です。それだけでも評価されるべき力作です。というか、芙苑晶ファンは、そこを評価している人も多いのではないでしょうか。
そしてさらに深入りしていくと、ある意味で『宇宙論( Cosmology )』の続編みたいにも聞こえます。天国や地獄や人類の壮大な歴史・・・輪廻とか。そんなイメージを浮かべながら聞くと、けっこうハマってしまいます。思考を奪われ、時間の彼方に投げ出されたような感覚・・・といえば良いか。
そういう作品なので、好き嫌いは分かれそうですが、それだけでも評価されるべき作品だろうと思っています。とくにプログレとかシンフォニック・ロック系のファンの方は、非常に高く評価している人も多いようで、この作品だけで充分天才!!と言ってる方もいるようです(外国に多いみたい)。
ただし、おわかりのように、テクノ/トランス系以外は聞かないという人にはおすすめできません。
とはいえ、なんせ壮大で美しい音楽で、ハマると泣いてしまいます。
でも、デカいので、疲れてる時には聞けないかもです(笑)
(結論)
でも、芙苑晶ワールド好きな人は、なんのかんの文句言いながらも、結局買っちゃうんだよねー(僕も。笑) |
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芙苑晶 リミックス・アルバム >
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| 『宇宙論入門(A Guide To Cosmology)』( 2000 ) > |
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芙苑晶の 公式なリミックス・アルバムとしては、 Nerve Nets Records 時代に出たのは、これが唯一です。トランス・レイヴ・ドーターズ、Hypnotic Twin ( David Laurenz + DJ Third Eye )等々が参加しリミックスしています。
ファンにはおなじみ、「Cosmology 5」「Ruins 2」等々、クラブヒット系の代表作をはじめ、80-90年代のアルバムからの抜粋の曲が詰まってます。それからアルバム未収録曲とかも入ってますね。
クラブ・リミックスという感じなので、他のソロ作品のようなドラマティックなあの世界はありませんが、逆に芙苑晶の「曲」の良さがわかります。と言うか、トランス・テクノ系のコンポーザーとして、メロディーメーカーとしてだけとらえた場合でも、芙苑晶の才能が光っているのが逆にわかるという感じです。
最初「んー、ま、リミックスだし」とナメてた部分がありましたが、聴くほどなかなか好きになってくる味のある作品です。
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今年出ると言われているニューアルバム ( 2007 ) >
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ついに来たかという感じで、今年2007年の夏(発売日、タイトルはまだ未定)には、いよいよニューアルバムが出るそうです。
なかなか新作が出ないので、じれている人も多いでしょう。
予想を書いてみたいけど、何も思い浮かびません。
巷にはなぜか、 「次はトランス」という噂があるそうです。
出発点はトランス的な音楽だった(ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット、幻覚植物研究所等)わけで、そういう意味じゃ一巡してルーツに戻ってくるのかなという気もしますが、しかし現時点でも充分スゴイので、次に何をやっても不思議ではない、という気もします。
しかし・・・
『伽藍( Cathedral )』→『宇宙論( Cosmology )』→『年代記( Chronicle )』 →?
で、ここまでやったら、次の作品はどうなるんでしょうか・・・? ズバリ当てた人がいたら、ほんとに偉い。
元々、次に何が出てくるか予想しがたいアーティストではあるものの、僕にはもう、予想つきません・・・(苦笑)。
ほんとに新作作れるんかー?(笑) |
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最後に一言 >
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「幅広い、奥深い」「宇宙のように神秘的で壮大な広がり」「それでいて誰にも似ていない独自のオリジナルな世界」---etc. とよく言われる芙苑晶ワールド。
僕なりの解説を試みてきましたが、たかがこれしきで「解説」ができたとは思っていません。一人一人違う意見があって当然というぐらい、まさしく「幅広く、奥深い」そして、とてつもないスケールを持った音楽であり音楽家です。一番いいのは、それぞれの人がそれぞれに体験することではないかと思っています。
興味を持った人は、ぜひ一度、レビュー的なことを忘れて、真っ白の状態で聴いてみられることをお勧めします。「あなたの芙苑晶観」というものがあっていいのですから・・・。
今日はこのへんで。
(07・03・11)
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