芙苑晶の世界 AQi Fzono World
芙苑晶の世界(イントロダクション)
 

このサイトは、世界的に活動を続けている音楽家、シンセサイザー・アーティスト、芙苑晶のファンサイトです。

その独創的なソロ・アルバム群により、国境とジャンルを超えて評価され、海外では Jean Michel Jarre、Klaus Schulze のような大物と比較されたレビューもしばしば出ていたエレクトロニック・ミュージックの大家・芙苑晶。テクノ、トランス、アンビエント、IDM、そしてクラシックなどの異なるジャンルを変幻自在に結びつけ、組曲のような壮大なスケールを持ったソロ・アルバムをリリースしてきました。

また、みずからのルーツであるクラシックやサイケデリック・ロックなどを最先端のエレクトロニック音楽と融合し、シンフォビエント(Symphobient)、シンフォニック・テクノ(Symphonic Techno)、そして彼自身のトレードマークともなった、SFミュージック(Sci-fi music)といった新しい標語を創り上げた世界級のパイオニアでもあります。
(これらの言葉は、有名なものもあれば、そうでないものありますが、海外のウェブ辞典などにも正式に登録され、認められています。)

こうした独創的なソロ活動と並行して、最先端のエレクトロニカ/ダンスミュージックとリンクしたバンド活動もおこなっていました。
1987年、アシッド・ハウス・ムーヴメントのさなか、ニューヨークでサイケデリック・トランスの草分けとも見なされる幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)を結成、レイヴの先駆とも言えるゲリラ・ライブをアメリカ各地でおこない話題を呼びます。

また、日本では、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット(Far East Acid House Quartet) が伝説的存在として今もカルト・ファンを持っているようです。

ソロ・アルバムにもそういった傾向の作品はありますが、バンド・プロジェクトでは、トランスの元祖とも思われるような先駆者的活動をしてきたことでも知られています。

こうした世界を持つ芙苑晶は、数ある電子音楽系アーティストの中では異色な存在であり、活動初期より、世界に蔓延するコマーシャリズムを嫌い、マスメディアに頼らない表現活動を積極的に続けてきました。

当時、オランダ(アムステルダム)に住んでいた彼が、日本に帰国するたびやっていたアンダーグラウンド・レイヴのバンド、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット(Far East Acid House Quartet) や、音楽活動のかたわら行なってきた、ネオ・ヒッピーのためのインターナショナル・コミューン・プロジェクト、「Ash And Sun Republic(灰と太陽の共和国)」などがそれを象徴しているでしょう。

 


こんなワン・アンド・オンリーとも言えるような非常にユニークな世界を持ったアーティストである芙苑晶の作品世界と活動は、つねに時代の最先端とリンクしながらも、さらにその先を予言するかのような未来的なヴィジョンを感じさせる、スケールの大きなものでした。

しかしまた、いっぽうで、そういったアーティストにありがちなように、世間一般レベルでの評価はつねに(とくに日本では)遅れがちでした。おそらくミレニアム前後からでしょうか、芙苑晶を、ある種のカリスマ的アーティストとして評価する人たちが、しだいに増えてきたように思います。

しかし、芙苑晶は、自分自身がよほど気に入らないとほとんどインタビューにも応じず、TVやラジオ等の出演もほとんどすべて断ってしまうというので、マスコミ関係には悪名高い人であったばかりでなく、マネージャーが愛想を尽かしてやめてしまうという逸話までもありました。

しかしまた、そのため、それは結果的に、ポピュラー音楽のアーティストにはありえない、どこか世間離れした聖者のようなイメージを創り上げる結果ともなったのです。

 


このサイトでは、管理人の独自の視点から、芙苑晶のソロ作品の数々を中心に、彼の関連プロジェクトである、日本の伝説的なアンダーグラウンド・レイヴ・バンド、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット(Far East Acid House Quartet) 、今も芙苑晶が続けているカナダのトランス・ユニット、幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)等々も、取り上げていきたいと思っています。
また、芙苑晶だけでなく、彼と関連が深いと思われるアーティストなんかも紹介していけたらと思っています。

現在すでに、芙苑晶のファンサイトは、フリーライターの天野弘樹さんがやってらっしゃる「芙苑晶幻想音楽大鑑」(http://www.fzono.info/)があり、こちらはデータベース的に読んでいけるかなり充実したサイトになっていますので、資料的なものを読みたい方はそちらを読んでいただくとして、僕のほうは、天野さんのように文章のプロでもありませんので、名も無き一人の音楽ファン、芙苑晶の音楽を中心に、彼の「芙苑晶ワールド」と言えるような広がりのある世界の魅力について、エッセイ風に書いていけたらいいなと思っています。

 

 

 

芙苑晶の名前が知られ始めたのは、特に日本ではごく最近のことかもしれません。世間の流行にうとい僕(管理人)には、正直そのへんの変化はよく把握できていません。

しかし、80年代末のデビュー当時から、 芙苑晶の名前は電子音楽やシンセ音楽、テクノやトランス、アンビエント(とくにアンビエント・サイケ)系音楽のマニアの中では、話題にのぼっていました。

日本ではどちらかというと、それに加えて、プログレッシブ・ロック系(とくにジャーマンロックとかサイケデリック)の人の間で評価があったような記憶があります。

プログレ系の、それもかなりうるさがたと思われるリスナーの人たちが「この人は凄い!」「100年に一度の天才」「マイク・オールドフィールド、ジャン・ミッシェル・ジャールを超えている」「ついにこんな人が日本から出てきたのか」 …… 等々、こぞって絶賛していたのを覚えています。

いっぽう、テクノやクラブ系の人が芙苑晶の名を知っていたのは、彼が日本に戻ってくるたびにやっていたレイヴのバンド、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット(Far East Acid House Quartet) のキーボード奏者としての芙苑晶を知ったからでしょう。

 

 


しかし、芙苑晶の情報は、日本国内の一般レベルで見ると、ほとんどと言っていいくらいありませんでした。それは一つには、芙苑晶は若い頃日本を出ていってしまい、ヨーロッパ(オランダ)そしてニューヨークあたりで活動していたからなのです。

そこで日本の芙苑晶ファンたちは、口コミ情報に頼るしかありませんでした。当然、CD等も非常に入手困難であり、ファンの人たちは、わざわざレコード屋に取り寄せてもらったり、中にはヨーロッパに出かけたついでにCDを買ってくる・・・なんていう猛者もいました。いわば芙苑晶は、当初、アンダーグラウンドの、どこか謎めいたイメージのアーティストとして認識されていったのです。

今日本でも問題になっている、よくある「頭脳流出」の一例と言えるかもしれません。

 


しかしそうは言っても、良い音楽というのは大して宣伝もしなくとも広がってゆくものです。
90年代の初め頃になると、いつのまにか日本でも芙苑晶のファンクラブが誕生し、 (当時はメールとかウェブなんてものも普及していませんでしたので)おもにそのファンクラブ会報 を媒介として、芙苑ファンたちの交流が始まりました。言うまでもなく、僕もそこにすぐに入りました。
それまでほとんど活動の実体すらよくわからなかったアーティストの実像が、ここでいくらか像を結び始めました。

すると・・・またまた違う意味でファンになった人も多かったようです。作曲家としての天才的な才能、シンセサイザー奏者としての卓抜したサウンドセンス、そして何よりもすばらしく完成度の高いアルバム・・・といった、アーティストとしての傑出した才能表現だけでも驚くべきですが、それらに加え、ごくたまに出るこの人のインタビューなんかを読むと、芙苑晶という人本人自体が、実にユニークな、魅力的な人物のようなのです。

それに(これはややミーハー的ですが)、彼のルックスもまたユニークでした。時たま掘り出し物のように出てくる写真(そもそもプロモ用には写真を撮らなかったらしく、これも当時は、ほとんどありませんでした)当時ですら二昔前のヒッピーのようなインパクトのあるその姿に、カッコイイとか悪いを超えた神秘的な魅力がありました。

腰まで伸ばした凄まじい長髪。無精ヒゲ(は、無い時もありましたが)にボロボロの服。爪にネイルアート(なんてまだ無かった頃の話)、ジャニス・ジョプリンみたいなデカいマルのサングラス。ズタズタに切り裂いたジーンズに、下は裸足です。

ミュージシャンはみな、ファッションによっても自己表現するものですが、芙苑晶はこの点でも例外的に異色な存在感がありました。
つまり、「ヒッピー風のファッションをしているミュージシャン」は、それまでにもいたし、もちろん今でもいます。
しかし芙苑晶の場合は、「ヒッピー風のファッション」なのではなくて、「ヒッピーが音楽をやっている」という感じが、そのボケたモノクロ写真から伝わってくるのです。

そのことは僕の直感にすぎなかったのですが、しばらくして、そのファンクラブ会報に出たインタビューが、僕の直感が当たっていたことを照明してくれました。
またいずれ芙苑晶のバイオグラフィを僕なりに書く時に、当時の資料をもとに詳しく説明していきたいと思いますが、ザッと言うと、彼は本物のヒッピーなのです。積極的に労働を拒否し、ユートピア思想を訴えるという活動をすでに早くから、音楽活動のかたわらおこなっていました。

そんなこんなで、まだ20代の若者だとは信じられないほどの成熟した、あらゆる面での「天才」ぶりに、ふだんは「音楽さえよければいい。ミュージシャンのファッションや思想なんてどうでもいい」と思っていた音楽マニアの僕も、芙苑晶という人自体の熱烈なファンになっていたのでした。

(つづく)

 
 
 
 
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Picture : AQi Fzono's Video art "A Guide to Cosmology" (1999).
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