Far East Acid House Quartet - ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット
 
ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット( Far East Acid House Quartet )ファンサイト/資料館
Home - Japanese - English

Far East Acid House Quartet(ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット) : ファンレター集 >

Far East Acid House Quartet - ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット

Far East Acid House Quartet のこと

田城麻里奈 (ファン、 16 才・神奈川県)

 編集部のみなさん、はじめまして。初めてお便り差し上げます、私は横浜に住む高校生で、言うまでもなく Far East Acid House Quartet のファンです。

 私が家でおもに聴くのは洋楽、それもテクノやロックがほとんどで、あとはたまにクラシックを聴くぐらいで、 J-POP などはほとんど聴きません。美しいとか面白いと感じられる曲がないからです。私にとってはミュージシャンの容貌とか年齢だとか、どんな楽器が上手だとか、そんなことはどうでもよくて、その音楽が私を真に刺激し感動させてくれるかどうか、それだけが問題なのです。
  J-POP については、友達はたいてい J-POP を聴いていて、私も友達から中学時代によく勧められて聴いたことはありますが、どれもつまらなく思えて自分から熱心に聞いたことはありませんでした。それというのは日本のミュージシャンやバンドというのはどれも、なんとなくただ運が良くてまぐれでプロになったとか、顔やファッションがきれいだからカッコいいからというだけでただミーハー的に売れているだけの人とか、お金ほしさに手を変え品を変えて商売としての音楽をやっているだけの人たちとか、そういう人々が大半に思えるからです。それは日本という国の悪い面の特徴をそっくりそのまま反映しているようにも思えます。つまり、何事にも軽薄でミーハー的であり、何をやらせても素人芸であり、真実から目を逸らし、ただお金とか安全に生きることばかりを最優先させるあまり、芸術というものを忘れてしまうといった一面です。
 そういうことがあって友達には変わっていると言われる私は、洋楽専門で、これまで日本のアーティストの音楽はほとんど聴きませんでしたが、すこし前ついに私のそんなジンクスを打ち破るバンドが登場しました。それが Far East Acid House Quartet でした。
 彼らの音楽はジャンル分けすれば電子楽器を使っているから、いちおうテクノとか、ダンス・ミュージックということになるのでしょう。しかし日本の一般的な J-POP とはまるで比べ物にならないくらい彼らの音楽は深みがあり、気品が漂っています。それは海外の一流のミュージシャンたちと比べても、勝るとも劣らないだけの優れた楽曲の数々だと思えます。正直言って最初アルバム『十億の神経の針』を聴いた時は絶対これは外国のアーティストの作品だと思っていました。ボーカルがなかったせいや、名前が長くて全部英語だったので読んでいなかったせいもあったのですが、それは音楽のクオリティが一般的な日本のそれと全然違っていたからです。
 実際の発売よりも少し遅れて輸入盤で買って聴いたのですが、私はずっとこれを望んでいたのだという気がしました。つまり私はすぐれた日本のミュージシャンによる国際的な価値を持つ音楽を聴きたかったんです。洋楽専門というわけではなくて、それは結果にすぎなかったのです。それまであまり好きではなかった YMO なども聴くようになったのも、 Far East Acid House Quartet を聴いた影響です。
 そしてもう一つ、 Far East Acid House Quartet というバンドの魅力は、バンドメンバーたちの個性とか思想性にあります。実際に彼らのファンになり、パーティへ行ったり、ライブを見たりなんかして音楽だけではなく彼らの全体的な活動やスタイル、人生観や世界への思い等を含めた発言などに接するうちに、私は彼ら自身のファンになっていきました。これは私だけではなく、「 Far East 」のファンの何%、いや何十%の人たちがそうなのではないかと思います。
 彼らには一貫した思想があります。思想と言って大げさだと言われるとしたら、それは、人生に対する「真実を求める姿勢」みたいなものと言ってもいいでしょう。それが彼らの時には一見変人とさえ思えるような発言や行動パターンに現れているし、レイヴとかハウスという新しい音楽への取り組み姿勢(※原文のママ)に現れていると思えるのです。
 彼らの「真実を求める姿勢」の代表的なものとして、
「すべてが営利という一点に向かって動いているだけの世界を無邪気に愛することなどできない」(田嶋エリサ)
 という発言を挙げることができると思います。この発言は、田嶋エリサが若い女性であるにもかかわらず、しっかりした考えをすでに確立した人であることを暗示していると思うのです。そして同じことは大なり小なり他のメンバーの発言や生き方にも感じられます。
 正直を言えば、私は家族を憎んでいる人間です。お互いに愛してもいないのに結婚した両親を憎んでいるし、とくに、かつて酒に酔い母を殴りつけていた父、さきほど引用した、田嶋エリサの言葉を引用して言えば「すべてが営利という一点に向かって動いているだけの世界」に疑問も抱かず、ただ自分もまたその営利という一点以外には何も価値観を持たないただのサラリーマンでしかない父を憎み、いまでは憎むというゲームにすら飽きて、ただ静かに軽蔑しています。
 このような両親から生まれた私と弟、この四人で構成される私たちの冷え切った家庭に明るさが戻る日はないでしょう。私はいつかこの家を出て行ってやるんだという気持ちだけを支えに、日々を過ごしています。そんな日々を送る私の胸に、真実として響いてくる音楽、そのうちの一つが Far East Acid House Quartet の音楽なのです。
 私はかつて、自分の家庭環境のつらさを呪い、死を思った日々がありました。それは偶然の死ではなくみずから積極的に選ぶ死、つまり自殺という意味です。しかもそれは中学時代のことで、そんなに遠い昔の話ではないのです。しかし、最近この FC 会報で知ったことですが、田嶋エリサがかつて、私ぐらいの年の頃、混血を理由にイジメに遭っていたこと、暴走族であったこと、そのあと傷害事件を起こし除し少年院に入れられていたこと。自殺を何度も考えたけれど立ち直ったこと。そしてダンサーとして自己表現する過程で自分の生きる道を見つけ、その時なかば偶然にもめぐまれて結成した Far East Acid House Quartet (当時は「淫心」)というバンドが、同時に彼女のファミリー=家族にもなったということ等々、それらの一連の話を読んだ時、思わず涙が伝うのを止めることが出来ませんでした。
 そして彼女を支えている、あるいは彼女に支えられているバンドメンバーたちもそれぞれに個性、思想、生き方を持っていて、それが四者四様に自由に表現されているのがすばらしいと思います。そして興味深いのは、みな田嶋エリサ同様、それぞれにコンプレックスとかいろんな暗い過去等を持っていることです。 DJ リョウは在日韓国人であること、それゆえの抑圧をいつも感じていて、それが表現者としてのバネになったと公言しているし、フゾノ・アキ(現=芙苑晶)は作曲の天才少年として生まれ、かつて芸大を目指してエリートコースを歩みながら、この汚い世界に染まることに耐えられず登校拒否になり、学校を出るとすぐに放浪の旅を始めた、という有名なエピソードがあります。
 私と最も境遇が似ていると思えるサック奏者の市川カヲルは、両親の不和から何度も家出を繰り返したと語っていますが、しかしそんな辛い過去を背負いながらも、あれだけの音楽を表現出来る彼女のバイタリティはすばらしいものがあります。
  なにも過去の傷を感傷的に語ることで同病相憐れもうとするのではありません。私が彼らの人間性の部分にも惹かれるというのは、彼らがたんにそういう過去を持った弱い人なのではなく、むしろ逆で、そんな過去さえも笑い飛ばせるほど常に前向きで、肯定的なエネルギーみたいなものを強烈に感じるからなのです。
 そしてもうこれは古くさい言葉でしょうが、「友情」そう言えるだけのものが彼ら四人の間には感じられるのです。そんなものは目に見えないと人は言うでしょうが、しかし人間にもオーラがあるように、目に見えない友情みたいなフィーリングは、音楽の中に籠められているように思います。私は彼らのアルバムを聴くと、不思議なフワーッとした気分になって泣いてしまうことがあります。歌詞もない、泣けるバラードでもない、ただのテクノなのに、です。それは彼らの持っているホットなフィーリングが音楽に封入されているからではないでしょうか?
 ライブ活動を停止したという話はほんとうに残念です。しかしそれはクラブへの出演をやめるという意味で、自主的なコンサートは断続的にある程度やっていくという話も聞いていますので、今後にも期待しています。私は横浜ですが、少々離れた場所でも、絶対に見に行きたいと思っています。長野県とかなら電車を乗り継いででも行くでしょう。
 私は、 Far East Acid House Quartet こそ、日本を代表するテクノ・グループだと思います。スタッフのみなさんも、今後もがんばってください。陰ながら応援しています。

(ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット FC 会報・ 1993 年 6 月号)

※この原稿は、ファンクラブ会報に掲載されたものをそのまま引用しています。ウェブへの転載を許可していただいた筆者のご厚意に感謝いたします。 ウェブサイト管理人/スタッフ一同


  < ファンレター トップへもどる
 

 

 

 

 
Web pages designed by Acid Head Organization Production, Japan.
(c)Acid Head Organization Production