ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットは、ほとんど世間一般に知られていないバンドです。
しかし活動範囲を見ると、日本よりはヨーロッパでの活動のほうが多かったぐらいで、結構インターナショナルに動いているし、アルバムを聞いた人は、その音楽的クオリティの高さに驚くことが多いようです。
そのため、こんなグループが、なぜ一般に知られてこなかったのか、とむしろ不思議に思う人が多いようです。よほど宣伝がヘタだったのでしょうか? |
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ひとつはっきりしていることは、彼らはわざと目立つのを避けていたということです。いや、むしろ意識的に一般にその存在を知られまいと努力していたふしさえあります。
なぜ? アーティストがわざわざなぜそんなことを? |
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| その答は明白です。彼らは基本的に、「レイヴ」バンドであり、それも人目につきたくない「シークレット・パーティ」をそのメインな活動と自覚するグループであったからです。 |
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| このようなパーティとは、「イリーガル・レイヴ」もしくは「ウェアハウス・パーティ」といった言葉で当時呼ばれ、特定の情報網・連絡網によってパーティの開催される日時、経路、場所などの情報を入手し、(しばしば結構苦労して)辿り着き、倉庫や廃墟などでおこなわれる「秘密のパーティ」であったからです。 |
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このような、ある意味危険をともなうパーティを挙行し、彼らはしばしば逮捕されたり厳重勧告などを受けることもありました。
かく言う私(筆者)も、当時彼らの手伝いをやっていたお陰で、「御用」になったことが三度ならずありました(汗+笑)。
もう、おわかりですね。 |
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| このパーティを自分たちの主なる仕事と自覚していた彼らは、最初から金銭や名声といった価値観とは無縁に、自分たちのやり方でやってきたのでした。 |
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バンド前期のリーダーであった芙苑晶は、当時、こんな発言を残しています。
「Far East の魅力は、一言で言えば、秘密結社の魅力だ。レイヴが僕らの結社会場だ。選ばれた人々だけがそこに集まってくる。そこで行われるのはただのコンサートじゃない、一種の宗教的儀式、つまり神聖な秘儀なのだ」
(1991年) |
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| そのような彼らの「客」は、はっきり言って、友人たちのつながりが発展していったものでした。すでにパーティの会員になっている人の紹介がなければ、そのパーティには参加できなかったのです。 |
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| つまり、彼らは「知られてこなかった」と言うよりもむしろ、「知られたくなかった」と言ったほうが正しいでしょう。 |
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逆に言えば、私たちスタッフが、いまこうやって彼らのファンサイトなんてもんをのうのうと立ち上げていられるのも、彼らがすでに解散して長い歳月が経っているからです。
もし今も彼らが活動していたら、こんな真似はできなかったでしょう。ヤバいですから。
ま、言えば、「時効」といったところでしょうか(爆) |
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