現在は「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット(Far East Acid House Quartet) 」として知られる彼ら。ウェブなどを見ても、大半はこの名称で表記されています。
しかし、結成当時の1988年7月当初は、
「 LSD Liberation Front(LSD解放同盟)」でした。
(最初にロンドンのクラブに彼らが出演した時は、このバンド名で出演していた。)
が、1stアルバムのレコーディング中、1stアルバム『十億の神経の針(A Billion Nerve Needles)』(1988)のプロデューサー、デヴィッド・ローレンツ氏の意見により、
「Far East Acid House Quartet, Otherwise the LSD Liberation Front(ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット、もしくはLSD解放同盟)」
に決定。
実はこれが正式名称なのだが、途中から略式に
「 Far East Acid House Quartet (ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット)」
とのみ表記されるようになった。
現在この名前が一般に通用している。
なぜこうなったかというと、実は結成当時、「 LSD Liberation Front(LSD解放同盟)」と、「Far East Acid House Quartet(ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット)」という、二つのバンド名候補があり、メンバーの中でもバンド名をどちらにするかで意見が分かれていたが、デヴィッド・ローレンツ氏が
「俺は個人的にはそのバンド名は好きだけど、LSDという名前があると、場合によっては、それだけで曲がラジオでかけてもらえないことがあるよ」
と意見したため、最終的に、二つのバンド名を合体させることで折り合いをつけたのである。
しかし問題は、このバンド名では長すぎることだった。
実際に、ヴァイナル・アナログ盤(1st、2ndのみリリースされた)では可能だったが、CDの背表紙にはバンド名が長すぎて記載しにくいとか、ファンに覚えてもらえない、という難点があった。
そこでメンバー自身も、いつのまにか「 Far East Acid House Quartet (ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット)」と表記するようになっていった−−−−そのような経緯をたどって、バンド名がこの「 Far East Acid House Quartet 」に落ち着いたのである。
そのため、その後に発表された CDなどには略式表記のものと、正式名称の長いバンド名がそのまま記されているものとが混在している。
また、レイヴのフライヤーではたいてい正式名称のフルネームが記されることも多かった。
なお、フライヤーなどでは漢字表記で「極東幻覚的電子舞踏音楽四重奏団」とされることもあったが、これはお遊びのロゴに近いもので、正式名称ではない。
このバンド名称について、メンバーたちは次のように述べている。
結成当初のリーダーだった芙苑晶は、
「ようするに、二つバンド名の候補があったのさ。僕らはデモクラシーだったから、その二つを合体させちゃえということでね。でもそうすると、僕らが好きだった60年代後半の西海岸のサイケデリック・ロックのバンドみたいに長い名前になってカッコイイというので、これに決まったったんだ。
あとになって略式にしたのは、LSDという言葉があるだけで怒り出す人たちが世の中にはいっぱいいることに気づいたからなんだ。(中略)」
「最初の頃は、僕らはアシッド体験に強烈に影響を受けていたから、LSDという単語にこだわってたんだけど、途中からこだわらなくなった。僕らが解放したいのはアシッドだけじゃなくて、あらゆるものすべてだっていうことに気づいたからなわけ。」
「それでLSDっていうのは、Living, Seeing and Dieing (生きること、見ること、そして死ぬこと)の略でもあるんだって、あとから言い訳みたいに考えたんだ。
LSDっていうのは記号だろ? それをどう受け取るかはあなたがた一人一人の自由です、と言うほうが、より僕ららしいって気づいたわけ
」
(芙苑晶。インタビューより)
また、他のメンバーたちの発言を見ても、実は他の三人も、最初の案であった「 LSD Liberation Front(LSD解放同盟)」のほうを気に入っていた人が多かったことがわかる。
「やっぱり、アシッド(LSD=薬物)の体験に影響を受けたのは事実だしね、そこからあたしたちの歴史が始まっていてさ、現在のあたしたちがあるわけだから、『LSD解放同盟』で行くのもアリだったと思うんだよね」
(田嶋エリサ。インタビューより)
「デヴィッドは俺らに、『社会的に抹殺されるよ』て言いよったんやけど、俺らはみんな『抹殺されたい』て言うたんやね。
だから、妥協したいうのと違うねんけど、名前とかそういうのは、難しいとこやね。名前で決めつけられる、いうのもあるからね。名前が呪縛になるいう部分もあるわけやから」
「
せやから今の通称( Far East Acid House Quartet )のほうが、こう、無意味な名前やし、決めつけられへんでええのと違うかな
、いうのは俺らとしてはあるねん。『あいつらこういう人間やねん』とかいうて、バンド名だけで決めつけられたら、こっちかて不愉快やろ。そこはお互い自由でいたいしな」
(スペースDJリョウ。インタビューより)
このサイトでは、通称である「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット(Far East Acid House Quartet) 」を採用しているし、レビュー記事やCDの背表紙などにもそのように記されているが、実際、現在、元メンバーのスペースDJリョウ、芙苑晶の両氏に確認をとったところ、現在も彼らの正式名称は、あの長ったらしい
「Far East Acid House Quartet, Otherwise the LSD Liberation Front(ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット、もしくはLSD解放同盟)」
が正しいということである(・・・!)。
また、後期には、音楽的変化によって、バンド名とは次第に乖離が始まっていった。音楽的には元々アシッド・ハウスをはみ出していた彼らだったが、サウンドの実験や音楽ジャンルの融合を積極的に試みるようになって以後、文字通り、「アシッド・ハウス」ではなくなってしまったからだ。
しかしこの時期、芙苑晶・田嶋エリサの二人はインタビューで、バンド名の中の「アシッド・ハウス」の意味を拡大して述べている。
「Acid House」を「麻薬の巣窟(そうくつ)」と解釈することで、「Far East Acid House Quartet 」を「極東の国の、麻薬の巣窟に住む四人組のバンド」という意味に拡大解釈し直し、再定義した。
この斬新な再定義によって、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットは堂々と、音楽の拡大やサウンド実験を試みることができるようなったとも言えるだろう。
by Akemi + musashi
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