Far East Acid House Quartet - ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット
 
ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット( Far East Acid House Quartet )ファンサイト/資料館
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「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット」FAQ(よくある質問)

 
ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット ( Far East Acid House Quartet )

Q-14

「ファー・イースト」のバンド・リーダーは誰?

 

 

 

これもまた、ファンの方からいただいた質問です。現在30前後の方でやはり若いほうのファンの方。

Q:
「ファー・イースト」のバンド・リーダーは誰ですか?

Wikipedia 等を見ると、芙苑晶と記されています。

しかし、古い「地下室」(註: ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワ ルテット等がよく出ていた機関誌)に出てくる、市川カヲルのインタビューでは、

「『仕切り役』としてのリーダーはリョウ(スペースDJリョウ)だった」

という発言があります。

また、バンド後期(93年以降?)には、

「アキからリョウへリーダーが交代した」

と書いてある資料があります。

また、一方で、古いファー・イーストのファンの方によると、

「エリちゃん(田嶋エリサ)がリーダーだったはず」

という証言も聞いたことがあります。

いったい、どれが正しいのでしょうか?

 

A:
おっと、また鋭いツッコミ、ありがとうございます(笑)。
実を言うと、私たちも、最近、この疑問に取り組んでいた矢先でした。

結論から言うと、正解は:

ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットのバンド・リーダーは芙苑晶です

 
しかし、ファンの人たちの間では、古くから複数の説があり、リョウだった、いや、エリがリーダーだ、いやいやカヲルなんだとか、バンド・リーダーが誰なのか、少々ファンにとっては、見解が曖昧なバンドではあったようです。
 
実を言うと、私たちもこのサイトを作った時、混乱しており、過去の資料を見て書いているうちに、当初は

初期のバンド・リーダーは芙苑晶だったが、途中でスペースDJリョウに交代した。

という記述をしていたのですが、正確にはこれは間違いであることが、ごく最近になって判明しました。

なぜこういう間違いが起きたのか、ですが、
古い資料や、関係者の発言を集めてみた結果、およそ次のような事実が判明しました。

ちょっとややこしい話ですが、読んでみて下さい。
 
  • 1993年当時、クラブ等への出演を停止したファー・イーストは、バンド内部での様々な問題に見舞われており、また、バンド・ミーティングのさい、芙苑晶は、ソロ活動が多忙になってきたせいもあり、「バンドを脱退したい」と、他のメンバーに言ったことがある。

  • その時、他の三人はアキをなだめ、引き留めようとした。
    とくにリョウは、アキに居て欲しがったので、

    「作曲家として居とどまってくれればそれでいい。俺がリーダーをやってもいいから」

    と言った。エリとカヲルもそれに賛成であった。アキは、その条件でバンドを続けることに同意した。

  • そこでバンド・リーダーは一時的にリョウに交代した。が、このスタイルは、一ヶ月ほどしか続かなかった。

  • その理由は、リョウは譜面が全く読めないとか、ほんとうの意味でのアレンジ等はできなかったので、バンドを音楽面で引っ張ることは不可能だったから。

    というのは、とくに、後期のファー・イーストは、レコーディング・バンドであったので、音楽こそが重要になっていたから。

    そこで、結局いつのまにか、「バンド・リーダー」はアキに戻ってしまった。

    ・・・・という経緯がまずあった。

  • しかし一方で、ちょうどこの時期、「地下室」(ファー・イーストがよく掲載されていた機関誌)のニュース欄に、

    「ファー・イーストのバンド・リーダー、スペースDJリョウに交代」

    というニュースが出たことがあり、これによって、ファンの人たちは文字通り
    「あーそっか、リーダーはリョウになったのか」と思いこんだ。

  • なおかつそのあと、「リョウがバンド・リーダーをつとめようとしたが続かず、結局アキに戻った」というニュースは、公式には出なかった。

    これはおそらく、そのあと(とくに、94年以降になると)バンドはさらに様々なトラブルに見舞われており、メンバーの逮捕や市川カヲルの死etc.という事件が起きて、誰がバンド・リーダーだとかいう話は、吹っ飛んでしまったためと思われる。

・・・という経緯があって、ファンの人たちは、

初期のバンド・リーダーは芙苑晶だったが、途中でスペースDJリョウに交代した。

と、ずっと思いこんでいたようでした

(実を言うと、私たち関係者さえ、そう思いこんでいた人が大半でした)
 

しかし最近になって、Mark さんという古い(ファー・イースト・ファンとしては「第1世代」に属する)ファンの方から指摘があり、これは誤りであろう、つまり、

リョウのリーダー時代はほとんど続かず、アキに戻ったはずですよ

という指摘をいただいて、古い資料を調べ、関係者の方々に問い合わせてみたところ、これがドンピシャ当たっていました。いやー、Mark さんの眼力恐るべし。感謝感謝。

( と言うか、我々も調査不足ですんませんした!! )

----以上、ややこしいストーリーでしたが、わかってもらえたでしょうか・・・??

(なお、今回、このご指摘をもとに、バンド・ヒストリー及び、メンバーのバイオグラフィ中の記述を全面的に改正してあります。しかし、もしも漏れがあれば、また掲示板等でお知らせ下さい。)

 
さてこれで、正解はわかってもらえたと思います。

・・・で、以下は余談ですが、アキ以外の三人が「リーダー」だとファンの人たちに思いこまれていた諸説に関し、「なぜそう思いこまれていたか」「当人たちは当時、それについてどう言っていたか」についても、今回、事のついでに資料や関係者の発言から、私たちなりに調べたので、以下に(ちょっとお遊びアリですが)、写真付きでの推理と解説を試みたいと思います。興味のある方はどうぞ。
 
リョウ(スペースDJリョウ)の場合
まあ彼はいかにもリーダーっぽく見える。迫力あるし、って言うか恐いし(爆)
見た目だけでリーダーになれそうです・・・って言うかヤー組のリーダーとかね(自爆)

いやいや冗談はさておき、

しかし、ご質問にもあったように、たしかに彼は「リーダー的な」と言うよりファー・イーストというファミリーの「家長」的な役割を多分に果たした人でもありました。

なんせ、仲間を仕切るのが好きな人。ミーティングなどでも真っ先に発言し、メンバー中一番年長でもあり、キャラクターもそれ風でした。ファー・イースト結成当初、自らバンド・リーダーになると立候補したこともあったようです。「リョウがバンドを実質的な面で引っ張っていた」という評価は、他の三人も述べていたところ。

ただし問題は、彼の場合、マイナス面として、時と場合により、少々横暴なパンク・キャラが人間関係において問題になることも多かったようです。もう一つは、すでに述べたように、音楽的にバンドを仕切るだけの素養はなかったこと。

でも、迫力は他の三人をしのいでいたので、ファー・イーストがストリートギャングのチームだったら、リョウがリーダーでも全然アリだったでしょう(微笑・いやマジで)。
 
エリ(田嶋エリサ)の場合:
バイオグラフィのページにも書きましたが、リョウと負けず劣らず、ファンが「ファー・イーストのリーダー」だと思いこんでいることが実に多い(今でもなおそういう傾向がある)人が彼女。

なんせ、目立つキャラクターでした。レイヴではステージのど真ん中の真ん前(つまりふつうのバンドで言うボーカルの位置)、アルバム・ジャケットに登場し、「ファー・イーストのポスター」を作った時も、なぜか他の三人は出るのを好まず、エリ一人をフロントに押し出していました。

これでは当然、「エリがリーダーだよ」と主張するファンが、今もあとを絶たないのも、無理はないと思えます。

しかし、元・バンドマネージャーの土井昌美の記憶では

「エリは、ふだんは、レイヴの時とは逆で、おとなしくて繊細な感じの人」で、例のリーダー話が出た時も「なんで?? 私、リーダーなんてガラじゃ全然ないよぉー。」と、ひたすら照れ笑いしていたとか。うん、でもそんなとこが可愛いジャン!!(笑)

というわけで、実質においては「リーダー」とかでは全然ないんだけども、エリはバンドの「シンボル」としては最適任者、と言えそうです。
 
カヲル(市川カヲル)の場合:

「カヲルがリーダー」説はあまりないようですが、実はファンの中には、そう思いこんでいる人もいました。カヲルは「リード・パートを担当」とよくバイオ等に書いてあったので、そう思ったのかもしれませんが。ただし、「リード・パート」っていうのは、楽器(メロディラインとかソロを取る楽器)の意味ですからね。(わかってると思いますが)念のため。

ただ、カヲル以外の他の三人が口を揃えて言うには、「一番バンド慣れしていたのはカヲルだったので、カヲルがバンド・リーダーでもよかった」とか。実際、誰がリーダーになるかでモメた時、カヲルが推薦されたこともあったそうです(他のメンバーのインタビューでの発言による)。

ただしカヲルも、これを推薦された時、自ら辞退。曰く、「私、バンド・リーダーなんて器じゃないし」と、エリと同じように奥ゆかしかったようです。

でもカヲルの場合、プライベートでは、リョウと並んで遊び好きで有名で、パチンコ、麻雀、トランプ、漫画、ビリヤード、クラビング、なんでもござれ。「遊びの企画担当」を自称していたほどで、ファンには見えなかったものの、プライベートでのオフ・タイムの四人を仕切っていたのは彼女だったとか。
そう言やあ、ツアーの途中などでも、現地でホテルなんかに泊まると、「ねー、どこ行こう、何食べよう??」と、一番にはしゃいでいたカヲルの姿が思い出されます。

ついでに、他のメンバー(とくに、服装に無頓着だった野郎ども二人)のステージ衣装を選んでやっていた「ステージ衣装担当」も実はカヲル。他に、レイヴのフライヤーのデザインなんかも、実はカヲルがデザインしたのが、けっこう多かったよう。楽しいことが何より好きだった無邪気な彼女らしいエピソードですな。

 
アキ(芙苑晶)の場合:
で、最後に本物の「バンド・リーダー」だったアキですが、確かにこの人、一番「バンド・リーダー」にはふさわしいようキャラのように思えますな。音楽の才能はダントツだし、アレンジできるし、カリスマ性あるし、ほとんど変人スレスレなヤバい天才だし(笑)。

そして何より、元々ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットというバンドの原型のアイディアを考えた人。ファー・イーストの最初のアルバム(『十億の神経の針(A Billion Nerve Needles)』)のタイトル自体、アキの1stソロ・アルバムのタイトル候補に挙がっていたくらいで、作曲クレジットもアキの曲がやたらに多い。そのため芙苑晶ファンの間では、「初期のファー・イーストは、芙苑晶のワンマン・バンドだった」なんて批評もあったぐらいでした。

当然、他の三人のメンバーたちは、彼に推薦。ところが当初、これまたご本人は、全く乗り気でなかったらしい。

元々、作曲家志望で、「元々、バンドなどやる気はなかった」と公言していた一匹狼タイプのアーティストでもありました。しかも、リョウなんかとは対照的に、目立つのを嫌い、飲み会なんかでも隅っこのほうで一人静かに飲んでるだけ(酒もあんまり飲めなかった)。ライブでもキーボードや機材の山に埋もれて黙々と演奏していることも多く、他の三人ほど派手なアクションもなかったので、ファー・イースト現役時代には、彼の陰はなんだか薄かったのです。

ちなみに、バンド・リーダーを誰にするかのミーティングがあった時、アキが言うことには、
いっそ、リーダーなんかないバンドにしようぜ」(???)どういう意味、それ??
彼曰く、
「俺、アナーキストだし、民主主義も信じてないしさ、リーダーなんてないほうがいいのよ誰がリーダーだとか決めずに、みんな好き勝手にやればいいじゃん」だと(「地下室」インタビューより)。

で、誰かが「でもバンド・リーダーは必要でしょ」と言うと、挙げ句の果てに彼は、
じゃあ四人ともリーダーになればいいんだ」だとか。そんな無茶な!!(笑)

なぜこんなことをアキが言い続けたかと言うと、彼は「人に指図するのも、されるのも嫌い」な人間だったから、だそう・・・。

 

ところが皮肉なことに、他の三人は、アキのそういう公正無私でエゴのないアナーキストぶりがすっかり気に入ってしまい、この発言がきっかけで「やっぱアキがリーダーになるべき!!」ということで、意見が一致。これが理由で、多数決で決まってしまったとか。

事実、バンド内でちゃんとアレンジが出来、スコアも書け、野外レイヴのアイディアなんかも元々持っていたのは彼だった上、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットの母胎になったバンド「淫心」は彼のバンドであったし・・・といった功績がまずあって、ファー・イーストというバンドが始まったようなものでした。
 
しかし結局、これで良かったのかもしれない、と、今にして思うこともあります。というのは、ファー・イーストというバンドの持っていた、「アナーキーなキャラクター」つまり、全てのものや人に対して公正無私であり続けること---つまりヒッピー的な精神というのは、アキのような「一見バンド・リーダーっぽくは見えないタイプの人」が「バンド・リーダー」であってこそ、実現できたものかもしれない、と思うから---。

つまりこうです。アキ自身が言ったように、「リーダーなんてないほうがいいのよ誰がリーダーだとか決めずに、みんな好き勝手にやればいいじゃん」という言葉にいみじくも象徴されているように、バンドという「社会」の枠にしばられず、バンド・メンバーの個性が自由奔放に、宇宙に散乱する星くずのように散らばるバンド。つまり、一種の「チーム」としてのファミリー。それはまさに、今振り返ってみると、ファー・イーストというバンドのイメージでした。

事実、四人ともある意味で、それぞれの役割を持った個性的な「リーダー」であったのです。それは、誰がバンド・リーダーか、という便宜上の役割を超えたところで、同世代の若者たちに、方向を指し示す同世代の中の「リーダー」=シンボルであったということ。そして、ファンや観客こそが「主役」であるとする「レイヴ」の思想・・・。これらに通ずるものであります。

つまり、一見逆説的ですが、芙苑晶の秘めていた「制限のないアナーキズム、自由」といった要素こそが、実は、ファー・イーストというバンドのカラーを深いところで決定していたのではないかというのが、バンド解散後十年を閲しての現在、当時を振り返ってみての、私たち関係者の一致した意見でした。
2008/03/25

by Akemi

 

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