Far East Acid House Quartet - ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット
 
ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット( Far East Acid House Quartet )ファンサイト/資料館
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「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット」FAQ(よくある質問)

 
ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット ( Far East Acid House Quartet )

Q-15

資料によってバンド・ヒストリーに表記の食い違いが見られますが?

 

 

 

何人かのファンの方から同時多発的にいただいた質問。似たような質問は他にもあったので、その中で、古い世代のファンの方からいただいた質問を代表的な例として採り上げて説明します。

Q:
そちらのサイトに掲載されている「ファー・イースト」のバンド・ヒストリーやメンバーたちのバイオですが、彼らが活動していた当時(註: 1988-1997年)に発行されていたファンクラブ会報や、「地下室」(機関誌)に載っていたバイオ、あるいは、たまに新聞などに載ったバイオとも、いくつかの食い違いが見られるようです。
また、それらの古い資料の中にも食い違いが見られます。いったい、どれが正しいのでしょうか。

 

A:
これはファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットに限った話ではなく、バンド・ヒストリーやアーティストの伝記等においては常々つきものの「食い違い」と思われます

たとえば、この質問者の人が例として挙げているものですが、まず バンド・ヒストリーで言うと、

「ファー・イーストが最初の野外レイヴをおこなったのは1988年11月」となっている資料と「1989年1月」となっている資料があるが、どちらが正しいのでしょう
、というもの。
また、ファー・イーストの前身である「淫心」結成は「1987年」説と「1988年」説がありますが、どちらが正しいのでしょう、というもの

また、メンバーのバイオに関して言うと、
田嶋エリサが中学を出て以後、女子少年院に入っていた前後の時期」。ある資料では「15才の時に女子少年院に入れられた」となっているのに、別の資料では17才となっていたり、あるいは「刑務所に入っていた」などと表記されているものがあったりするようです。また、同様に、彼女は「高校中退」と記されているもの、「中学すら出ていない」と記されているもの等々、やはり表記上の不統一が見られます。どれが正しいのでしょうか? という質問です。

他にもこのような例は数知れずあり、資料によってアルバムの発売年月日が食い違っていたり、また、同じくメンバーのバイオで言うと、リョウがファー・イースト結成以前に何をしていたかについては「高校卒業後、鉄工所に勤めていた」と記されているものもあれば、「高校中退後、突然天啓を受けてパンク・ロッカーとなる」などと(これはおそらくリョウが書いたものと思われるが・・・笑)記しているものもあります。

 
まず、大前提として言っておくと、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットのバンド・ヒストリーならびに、メンバーのちゃんとした「バイオグラフィ」のようなものは、まだ100パーセント完全なものはない(と思われる)ということを、まず覚えておいて下さい
 
とくに、メンバーたちのデビュー以前の時期に関しては、詳しく追求しようと思うとまだまだ不明な点もいくつかあり、私たちも数少ない資料を苦労して集め、それを元に、なるだけ精確な「バイオグラフィ」を作成しようと日々努力している途上にありますまず、その点をご理解下さい
 
資料が数少なく、しかも表記の内容が不統一であるというのは、いくつかの理由が考えられます。
以下に、その主な理由を挙げてみます。

1) すでにそれらの資料自体かなり過去の時代のものであるということ。したがって、それらのオリジナルの資料を作成した人々や関係者も今では連絡がつかなかったり、本人に問い合わせること自体が困難もしくは事実上不可能であるといったこと

  これを メンバーごとに説明すると、具体的には以下のようになります。

  まず、田嶋エリサ市川カヲルについては、すでにご存知のように、彼女たち本人が死亡しているため、この二人のバイオ作成が最も難しく、現在もなお不確かな点がいくつかあります。そこで、関係者(遺族や友人等)に連絡するしかありません。

  が、遺族や友人の方々等に連絡することさえも困難な状況にあります。遺族等の関係者がすでに死亡していたり、消息不明になっている場合もあれば、あるいは仮に関係者の誰かに連絡がついた場合も、取材自体を拒否されるケースもしばしばあるからです。
  また、運良く回答がもらえた場合も、昔の話なので誰もが記憶が曖昧になってしまっているといった厳しい現実があります。

 ちなみに、差し支えない範囲で言うと、私たちの知る限り、市川カヲルのご両親はどちらかが亡くなっており、片方は行方が分からず、連絡がつきません。

  田嶋エリサの親族は、父方・母方とも、現在はいずれも海外在住で連絡先不明のため、こちらもコンタクトが不能です。
  エリのお母さんは当初、このサイトを作ること自体に猛反対されていました。しかしアーティスト活動に関する資料と知的所有権(著作権)は現在、Trance-Rave Production(うちの事務所です)ならびに、彼女の元・夫である芙苑晶が所有しているものの二種類があり、田嶋エリサ当人に関してのバイオグラフィ作成に関しては、事実上私たちの事務所/サイトに管理権があります。

  しかし、また一方で、遺族や関係者の方々のプライバシーへの配慮という観点も忘れるべきではなく、この点に鑑みて言うと、あまり突っ込んだ取材も難しいといった面もあります。
  とどのつまり、エリ・カヲルの二人に関しては、残された資料に頼ってバイオグラフィを構成するしかないのが現実です。

 一方、現在も存命中/活動中の他の二人スペースDJリョウ、芙苑晶についてはどうでしょうか。

  メンバーのうち、現在私たちサイト・スタッフから最も連絡が取りやすい人はリョウ(スペースDJリョウ)です。 ただしリョウの場合、彼自身が「ファー・イーストは俺の中で封印した」と語っていることや、過去のことをあまり話したがらないといった傾向があること。
  また、彼の場合、リョウ独特のパンク・ロッカー的韜晦趣味にも通じる一種の「虚言癖」(もちろん、これは一種のブラック・ユーモア的なニュアンスであって、彼に悪気があってのことではないのですが・・・)らしきものもあり、過去のインタビューでも、質問者を煙に巻くような答もしばしば混在しており、どれが事実なのか、不明なところが依然としてあります。

 一方、アキ(芙苑晶はどうでしょうか。彼の場合は、現役で活動している唯一のメンバーであり、インタビューの時なども、リョウのように質問者を煙に巻くというようなことはなくて、質問すれば話をそらさず、誠実に答えてくれる唯一の人と言えます。
 ただしそれは、「時間があれば」の話です。皮肉なことに、現在の彼は最も多忙な人であり、サイト・スタッフから直接彼に連絡がつくことはほとんどありません。たいていの場合、彼のマネージャーさんや事務所の人とのコンタクトになります。アキのスタッフの方たちは非常に親切に応対してくださっており、感謝しています(このサイト作成にもいくつか資料を送ってもらいました)が、しかし、資料を読むのと本人の生の声を聴くのとは格段の違いがあります。

 それでも連絡がコンスタントに取れるのは有難いと思うべきでしょうが、しかしまた、芙苑晶のスタッフから聞いた話では、アキは自分のバイオグラフィのたぐいに無頓着・無関心な人で、自分のサイトどころか、インターネット自体を見ることすら、ほとんどないのだとか。したがって、彼の公式サイトやファンサイトに書かれているバイオは、芙苑晶のスタッフが作成したもので、彼自身は一切タッチしていないとのことです。

 片や、アキは、他の三人(エリ・カヲル・リョウ)とは違った問題もあり、アーティスト活動自体の資料が他の三人と比べると倍以上もあり、ボリュームが違いすぎるのです。
  ご存知のように、芙苑晶はファー・イースト在籍当時から、ソロ活動もしており、バンド解散後現在も続けているうえ、ファー・イースト以上に行動半径も異常に広い。ヨーロッパ、アメリカ、アジア各地での活動も含まれます。少し前に、芙苑晶のアメリカのオフィスや、彼のファンサイトのスタッフの方から資料をもらってはいますが、英語やドイツ語、フランス語等々の各種外国語の資料があって、日本語に訳するだけでも困難を極めているというのが現状です。

 (※したがって、アキの場合は、ソロ活動のほうまで全部述べていると膨大な量になってしまい、他の三人のバイオとのバランスを欠く恐れもあるので、このサイトの芙苑晶のバイオグラフィにおいては、ソロ活動に関する記述はごく必要最小限にとどめてあり「ファー・イーストの元・メンバーとしての芙苑晶」という視点でまとめてありますしたがって、彼の場合は、これが活動の全貌ではないということも覚えておかれると良いでしょう。
 なので、 ソロ・アーティストとしての芙苑晶に興味をお持ちの方は、今は彼の公認ファンサイトなどもあり、そちらで詳細に活動内容を解説されているので、当サイトのリンクページを参照してもらって、彼の関連サイトをご覧になることをお勧めします。)

 つまり、ようするに、芙苑晶の場合は「資料が多すぎ、範囲も大きすぎてまとめるのが難しい」といった問題があるということです(ただしこれは、まとめるのが面倒であるというだけの話で、スタッフの日々の努力により、現在解決の方向に向かっており、かなりバランス的にも完成に近づいています)。

  ・・・しかし、こうなると、我々から見ると八方塞がりで、「生の情報収集」に関しては、はっきり言って今のところ、どこも頼る場所がない、というのが正直なところです。

 唯一の希望は、リョウ・アキの二人にインタビューを試みたいという企画ですが、しかし、ファー・イーストの歴史というテーマで試みると仮定した場合、これはなかなか大がかりなものとなりそうで、現在のところは(企画は以前からあるものの)全くメドは立っていません。
 
2) 第二の理由は、私たちがかつて所有していた資料自体が四散して、半ば行方不明になってしまっているものも多いこと。これも大きいです。

  現在このファンサイトをやっているスタッフは、かつての「地下室」のスタッフやファー・イーストのファンクラブ会報の元・編集チームのメンバーがほとんどです。当然、資料類は最も豊富に揃えているはずなのですが、1995年の阪神大震災の時に失われた資料(これが最も多い)や、当時大阪にあったファー・イーストの事務所自体が何度か盗難に遭っていること。また、ファー・イーストが解散した97年の「サヨナラ・レイヴ」(最後のパーティ)の時に、会場で販売されていたそれらの資料をファンの人たちが(これが最後だからというので)全部買い占めていってしまったこと・・・等々といったことがあり、全ての資料が私たちの手元に残っているわけではないのです。
 
3) 元々の資料にある記述が信憑性がない場合。 これはファー・イーストに限らず、他のアーティストでもよくある話ですが・・・
  しかし、とくにファー・イーストの場合、厄介なのは、ご存知のように、元々アンダーグラウンド・シーンで活動していたバンドです。メジャーのアーティストにあるような(レコード会社がお膳立てしたところの)「公式資料」のようなものは元々存在せず、その都度、間に合わせ的にメンバーのプロフィールなんかをスタッフがこしらえていたケースがほとんどです。

  さらにその上ファー・イーストは、日本のみならず海外でも活動していました。当然、海外でのインタビューや紹介記事等を含む資料がここに含まれます。それらも含めて眺めてみると、おっしゃる通り、表記に食い違いが多々見られます。これは、誤訳(たとえば日本語のオリジナル資料を外国語に訳した結果、間違いが生じたようなもの。あるいはその逆)も含めて、信頼に足るものを捜すのは、案外困難です。
 
4) 伝聞(聞き書き)による資料であるため、信憑性が低い場合。これも注意を要する点です。ファンクラブ会報などに出ていた情報もある程度参考にしてはいますが、その資料を書いた人がいかに真面目に書いておられても、思い違い等も多々あると思われるからです。
 
5) これはまた別の理由になりますが、ファー・イーストというバンドの歴史自体が波乱と浮沈変転に富んでおり、バンド・ヒストリーやメンバーのバイオをまとめるのにそもそも手間がかかるものであること
 

・・・といったような、いくつかの理由が絡み合って、100パーセント精確なバイオグラフィの作成は、なかなか難しいものがあるというのも、現状です。

 

しかし、誤解して欲しくないのですが、これは私たちのサイトにおけるバンド・ヒストリーやメンバーのバイオグラフィが信頼性の低いものだという意味ではありません。むしろ、今まで過去に出ていた「バンド・ヒストリー」や「メンバーのバイオグラフィ」の中では、最も信憑性が高いものだと言えます。
というのは、他でもなく、このような形でバンド・ヒストリーメンバーの個別のバイオグラフィが作成されること自体、ファー・イーストの歴史上初のことであり、バンド活動当時にはこんな立派な資料はなかったのです。

そういう意味で言って、今のファンの人たちは非常に恵まれている、とも言えます。確かに、今となっては二度と生で見ることの出来ないバンドであるし、現時点(2008年5月)ではアルバムの多くは廃盤となっており(こちらのほうは、将来リマスター盤が再発されればその限りではありませんが)、彼らの音源を聴くことさえ困難な状況ではありますが、しかし反面、こうやって最初から、ウェブという手軽な手段でもって(自宅にいながらにして)「ファー・イーストの世界を鳥瞰することが出来る」というのは、昔のファンの人たちから見ると夢のような話だとも言えるからです。

というのは・・・、ファー・イーストが現役で活動していた時代、リアルタイムで彼らを見た/彼らの音楽やレイヴに接したリアルタイム世代のファンの人たちの大半は、いったいファー・イーストというバンドが何者なのか、彼らがどういう人なのか、わかっていなかったはずです。
ただでさえ、マスコミにも一切登場しないし、公式資料もほとんど出さなかったバンドです。ファンの人たちが情報を得る手段と言えば、唯一ファンクラブに入り、FC会報を購読するか、もしくは、ファー・イーストがよく登場していた機関誌「地下室」を購読するか、あるいは実際にレイヴに参加するか・・・といったぐらいの方法しかなかったわけで、ようするに早い話が、当時は「謎のバンド」というイメージで見られていたと思われます
だから当時のリアルタイム世代のファンの方たちはおそらく、「当時は何が何だかわからないままに、そこに何かを感じて見ていた」というのが、ほんとうのところではないでしょうか。
実際、これは、バンド解散後数年を経てこのサイトを立ち上げて以後、当時のリアルタイム・ファンの方がこのサイトを見て、「あれは、こういうことだったんだね・・・」等と、うちのスタッフに感想を述べられたことも何度かあったことからも、立証されていると思います。

しかしながら、すでに述べたように、ファー・イーストの場合、他のアーティストたちと異なる点として、アンダーグラウンド・シーンに徹した活動であったということ、これは大きいでしょう。そしてそれが同時にファー・イーストというバンドの魅力でもあったと思います。闇に紛れた歩みであったからこそ、今、光が当てられたことで、「再発見され続ける」世界があるということです。

 

そしてそれゆえに、私たちサイト・スタッフにとっては、常に完成に向かっての努力の途上であるという状況があり、新たな資料が発見されるたびに加筆・校正の努力もしていますので、時間が経てば経つほど、より精確な(=事実に近い)バンド・ヒストリーないしはバイオグラフィに仕上がっていっている、と言えます。

ちなみに、上記に述べたような、元の資料における表記の食い違いが見られる場合、私たちは複数の資料を照合し、さらに時系列的な前後関係とも照らし合わせた上で、最も信憑性・整合性が高いと思われる項目をピックアップして加筆・校正する、という方法を採っています。この作業を繰り返すことで、さらに精度が細かくなり、完成度が上がっていくわけですね。

また、そもそも元の情報自体に不明な点がある、ないしは、信憑性が低いと判断される場合は、なるだけ記載しないようにしています。もし、なんらかの必要があって記載する場合は、「・・・おそらく、○○○であったと思われる。」といった表記にするように心がけています

この手の「資料の精確さ」を数値的に表現するのは無理がありますが、感覚的な例えで言うとすると、現時点(2008年5月3日現在)で、おそらく85-95パーセントぐらいの完成度/精確さに近づいてきているのではないか、と自負しています。

なおかつ最近では、有難いことに、バンド活動当時のファンの方や元・ファンクラブの会員さんたちの中に、資料を提供して下さる方も増えてきていますので、私たちサイト・スタッフとしては、これらの資料を元に、日々加筆・構成を繰り返し、完成度を高めて来ています。当然ながら、今後はさらに完成度(精確さ)が上がっていくものと予想されます

しかしこれは、ファー・イーストに限らず、どんなアーティストやバンドや芸術家の伝記でも、「バイオグラフィとは、ある程度そういう面があるもの」だということも、覚えておいて下さい。
つまり、後の世代の人たちが、時間をかけて資料を調べ直し、書き直しを何度もして、だんだん精確なものに仕上がっていく、ということです。逆に言えば、この努力無くしては、仕上がらない、とも言えます。
なので、今現在、サイトをご覧のみなさんは、そのプロセスをリアルタイムにご覧になっている(世代である)とも言えます。

しかし、まあそんなこんなで、正直な話、バイオグラフィというのを作るのはなかなか大変なものだということ・・・、これは、実際にこのサイトを始めてみて、私たちも初めて実感した次第です。

・・・というわけで、ここでやっと、この質問に対する答としては、当然ながら「現在アップロードされている最新ヴァージョンのページ(バンド・ヒストリーメンバーのバイオグラフィのページ)が、『現在考えられうる限りでの精確な回答』」である、ということになります
あとは、今後も引き続き気長に、最新ヴァージョンをチェックしていただくのが、ベストです。

 

さて、それで今回、上記の質問とほぼ相前後して、別の方からいただいた同じような質問に、次のようなものがありましたので、ついでに、この欄でご紹介し、回答しておきたいと思います。

Q:
エリ(田嶋エリサ)は、資料によって、「日本とポルトガルのハーフ」となっていたり、「日本とフランスのハーフ」となっていたりします。どちらが正しいのでしょう?
 
A:
これは、答ははっきりしているので、「正解」を書くことが出来ます。

確かに、過去の資料を拾ってみると、この人のご指摘の通りで、これまで雑誌やウェブ等にいくつか出ていたエリの公式プロフィールでは、「日本とフランスのハーフ」という記載と、「日本とポルトガルのハーフ」という記載が混在していました。

 このように略式表記(「○○と○○のハーフ(混血)」という書き方)をする場合は、「日本とポルトガルのハーフ(日葡混血)」という表記が正しいです。その意味は(ちょっと複雑ですが)、次のようになります。

  エリの経歴を見ると、「日本人の父とポルトガル系フランス人の母との間に生まれる。」という表記が見られます。これを見た人が誤解し、しばしば略記として「日本とフランスのハーフ」といった書き方をしたものと思われます(かつて、当サイトでも、部分的にそのように表記していたチャプターが部分的にあり、のちに訂正しています)が、厳密に言うとこれは誤りです

  というのは、英語のバイオを見ると、エリのお母さんは、「Portuguese-French(ポルトガル系フランス人)」となっています。これは、フランスで主に育ちフランス国籍を持っていたため「フランス人」には違いないが、 血統的には「ポルトガル人」である、という意味です

  では次に、「その母親と、日本人の父親との間に生まれた子供はどうなるか」という問題ですが---、これは「国籍」ではなく「血筋」が問題となるため、「日本とポルトガルのハーフ」ということになるのですね。(・・・以上、ややこしいけど、わかるかな?)

  今回、念のため確認しましたが、インタビューでも彼女(エリ)自身が、「母は、育ちはフランスだけどポルトガル人」という言葉が出てくるので、間違いないです。

 しかし、混血の文化自体に慣れていない我々日本人は、ここを混同しがちな傾向があるようで、「ポルトガル系フランス人」と書くと、「あ、じゃあお母さんは『フランス人』ね」→「田嶋エリサは日本とフランスのハーフ」と思ってしまう人が多いようなので(うちのスタッフの中にも何人かいました・苦笑)、誤解を避けるため、当サイトにおいても、略記する場合は、「日本とポルトガルのハーフ」(または、「日葡混血」)に全て訂正・統一表記しています

  だから、自分のサイトやブログ等にエリの記事を転載したい人は要注意!! もし、「○○と○○のハーフ(混血)」という書き方をしたい場合は、「日本とポルトガルのハーフ」(または、「日葡混血」)が正しいです(「日本とフランスのハーフ」と書くと、これは誤りになります)。

 ま、確かに実際、彼女の容貌や性格なんかを見ても、白人よりはラテン的な雰囲気が圧倒的に強いようですね。あ、ついでにあの凄いダンスも(笑) --- うんうん、納得。。。 ^^)
 
2008/05/02

by Akemi + musashi

 

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