|
|
|
メンバーたちの解散時と現在の状況 |
|
ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット
( Far East Acid House Quartet )
|
|
|
|
 |
田嶋エリサ
|
- 1997年1月30日、自宅のマンションの浴室で全裸で死んでいるのを、訪ねてきた友人が発見。死因は心不全。享年30才。
- ドラッグ乱用説が流れ、オーバードーズ(麻薬の過剰摂取)による心臓発作と噂されたが、間接的な死因については遺族が口を閉ざしているため、明らかにされないまま。横浜の教会で密葬。
- 97年5月、彼女の死によりファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットは解散。9月、サヨナラ・ナイトが大阪のクラブで行われ、ファンが詰めかけた。「エリサ、あなたこそ Far East 」とプリントされた大きなプラカードを持った十代の少女たちが、プロジェクターの中で踊る彼女に手を振り、号泣しながら名前を呼ぶ場面も。
- ファンサイトができるという噂がある。(2005年8月現在)
|
|
| |
 |
スペースDJリョウ |
- 96年9月、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット・サヨナラ・ナイトでメインDJ。バンド解散の96年以後も、日本やヨーロッパなどでDJ活動。しかし98年頃、人知れず引退していた。
- 97年、録音中だった最後のアルバム『太陽黒点(Sunspot)』のミキシングと版権問題をめぐって芙苑晶と対立、絶交を言い渡す。
- 98年頃ロンドンに移住。2000年イギリス人のブティック・オーナーの女性と結婚。02年、芙苑晶と和解。 ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットのアルバムをリマスター するプランに同意。
- 04年3月、長女アリス誕生。現在は主夫(ハウス・ハズバンド)生活をしながら、夫人のブティック経営を手伝う。インタビューで「音楽業界は自分に合っていない」と発言、今後も仕事に復帰する気はないという。
|
|
| |
 |
芙苑晶 |
- 96年9月のサヨナラ・ナイトには多忙との理由で参加しなかったうえ、同年おこなわれたインタビューで「あのバンドは若い日の寄り道のようなもの/僕にとっては重要なものではなかった」と発言、ファンの不興を買う。とくに田嶋エリサのファンたちから抗議の手紙が事務所に殺到。
- また、97年、5作目のソロ・アルバム『宇宙論』発表、このアルバムに田嶋エリサの声やスペースDJリョウのスクラッチなどが収められていたことが、 Far East ファンの間で話題にのぼった。
- 01年、ニューヨーク(現在はワシントン)に自らのレーベル「 Lavalamp Records 」設立。ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットや「淫心」の音源の版権をすべて買い取り、 将来リマスター盤を再発する計画があると発表。かつてのファンをはじめ、新しい世代のファンにもバンド再評価の機会を与えた。
- バンド解散後、二人のメンバーが死亡、残る一人が引退した現在、唯一現役で活動している最後のアーティストとなった。
|
|
| |
 |
市川カヲル |
- 1995年6月、自宅のベッドで死体で発見される。死後数日が経過しており、睡眠薬の過剰摂取による死と判定される。死の数年前から神経衰弱に陥っていて、アシッドの濫用から精神異常の傾向があったとも言われ、奇行が目立った話はファンの間にも有名で、死因については、注射針が静脈に入ったための事故死説、また、自殺説なども流れた。享年27才。
- 同月、故郷の長野県で葬儀。他の三人のメンバー(田嶋エリサ、スペースDJリョウ、芙苑晶)や、恋人だったマダム呪々(ex-淫心)が顔を出した。
- 彼女の死が引き金となり、その後バンドは空中分解への道をたどる。録音中だった最後のアルバム『太陽黒点』はいったん棚上げされたうえ、さらにのち、田嶋エリサが死去したことにより、このアルバムをめぐってスペースDJリョウと芙苑晶が数年にわたって対立した。死の直前におこなわれたインタビューが、あたかも彼女の遺書のようになった。
|
|
| |