Far East Acid House Quartet - ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット
 
ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット( Far East Acid House Quartet )ファンサイト/資料館
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「ファー・イースト」オンステージ

ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット ( Far East Acid House Quartet )

 

 

 

芙苑晶

  • 田嶋エリサとは対照的に、「ファー・イースト」の中で最もステージにおいて地味なイメージだったのが芙苑晶だろう。バンドの中では、天才肌のクリエイターというイメージで、事実、レコーディング・スタジオで最もその能力を発揮した彼は、ステージではむしろ縁の下の力持ち的な役目だった。

  • そんな芙苑晶の位置は、ステージの隅、客席から向かって中央の奥。つまりフロントの田嶋エリサの真後ろ、リョウとカヲルに挟まれたど真ん中の後方という位置が多かった。あるいは、田嶋エリサ、スペースDJリョウ、市川カヲルの三人が並ぶ場合は、芙苑晶だけが一人後ろになることもあった。
    ようするにステージの一番奥まったところで、ロックバンドで言うとドラマーの来る位置だ。

  • ステージの後方が定位置だったのは、楽器や機材が最も多かったせいだ。キーボード類の他に、実際にはサブミキサー、エフェクター・ラック、リズムマシン、シークェンサー等も置かれていて、彼とリョウの二人が、芙苑晶のコンピューターのクリックによってビートをキープしていたのである。リョウと芙苑晶の二人だけがヘッドフォンをしていることが多かったのはそのためだ。
    だが、見ている客たちはたいてい、そんなことは全く知らなかった。

  • 出てくる順序は最初が多かった。これもキーボードという楽器の特性に関係し、芙苑晶が弾くアンビエント風の低音のパッド・サウンドで、会場は包み込まれるような感じになる。すると次に市川カヲルがウィンドを吹きながら現れ、三番目にリョウが現れてDJブースに入りビートをターンテーブルを回す。そして最後に田嶋エリサという順序が定番だったようだ。

  • トレードマークの腰まで伸ばした長髪に、メキシコの極彩色のケープ(これは田嶋エリサから彼への20才の誕生日のプレゼントだった)、ズタズタに切れたジーンズ、裸足あるいはサンダルというのが芙苑晶の当時の定番スタイルだった。

  • 芙苑晶は「ファー・イースト」のなかでは唯一刺青を入れていなかった人だが、両耳にインディアン風のピアス、さらに時には田嶋エリサと同じようにサイケ調のバンダナや、首から何重にもビーズをかけたり、ジャニス・ジョプリンがしていたようなトンボメガネ(かなり大きな丸いブルーのレンズのサングラス)をしていることもあった。

  • 暗いステージの奥のほうで、7、8台ものキーボードをコの字型に周囲に並べ、長髪を振り乱してパワフルに弾きまくる姿は、ロック系のファンにも崇拝されていた。音源はたくさんありすぎて詳細は不明だが、Memorymoog(メモリームーグ)、PPG Wave、 Roland Juno-106、ファルフィッサ・オルガンなどのキーボードをよく使っていたようだ。

  • 「クラブのリック・ウェイクマン」「男ジャニス・ジョプリン」(ヒッピーファッションと長髪が似ていたのと、裸足が多かったため)などといったユニークなあだ名でクラバーたちに愛されたのもこのころだろう。どこか陰のあるハンサムといったルックスなので、当然、女性ファンも多かった。

  • 他に、テルミンなども(いまのようにポピュラーに知られるようになるはるか以前から)芙苑晶は使っていた。「ファー・イースト」のステージでは、大型の古い(真空管式?)テルミン(品番不明)を使っていた。

    芙苑晶は「ファー・イースト」以前の古いプロジェクト、「淫心」などですでにレコーディングやライブに使用していて、芙苑晶はおそらく日本で最も古いテルミン・ユーザーではないかという報告がある。

  • 奇行が話題になりがちな「ファー・イースト」だが、芙苑晶のステージ・パフォーマンスによく見られたものは、キーボードを斧で叩き壊し、ガソリンをかけて燃やしてしまうというものだ。

    ジミヘンばりのこのパフォーマンスは、一番安物の、あるいは壊れたダミーのキーボードでやっているのだろうと思っていた人もいたようだが、そうではなかった。
    「それは純粋じゃないと思ったので、高価なキーボードを壊すことにした」と芙苑晶は言う。

    福岡でのライブの時、彼はその日の午前中立ち寄った市内の楽器店で買ったばかりの YAMAHA の DX7 II を斧で破壊して燃やし、偶然このライブを前列で見ていた楽器屋の店員が仰天した、と証言している。

  • 他に、野外でのレイヴでは、ピアノをツルハシで破壊するすさまじいパフォーマンスや、火炎瓶を投げるパフォーマンスなども印象に残っている。

    火炎瓶の使用は屋内では消防法に引っかかって不可能なため、野外のレイヴでのみおこなわれた。このとき、夜の暗い森を背景に、火炎瓶が爆発して燃え上がる炎がとても印象的だった、とあるファンは言った。
    芙苑晶も「僕らが野外のレイヴにこだわった意味は、一つにはそこにあった。規則の多いクラブの中では、僕らの表現したいことはできないことが多かったからだ」と言っている。

    このパフォーマンスを考えたのは芙苑晶自身で、彼の父親が若い頃やっていた全共闘活動での破壊行為がヒントになった、とのちに語っている。

  • 余談だが、この長年忘れ去られ、その後ほとんど伝説化していた「ファー・イースト」時代のライブのイメージが、バンド解散後十年近くを経た2005年3月のある日、日本において突然復活したことがあった。芙苑晶が、ダモ鈴木(Ex-CAN)の来日ツアーにキーボードでゲスト参加したのだ。

    私(筆者)も見に行ったが、当日は「ファー・イースト」時代のファンも万難を排してたくさん駆けつけ、芙苑晶のあの長髪もヒッピー風ファッションも健在だったので、「ファー・イースト」時代を思い出した人も多かったようだ。曲間では「田嶋エリサ元気かー!」などというコールが客から飛んで、オールドファンらしき人たちにウケていたのも印象的だった。

 
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