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ダンサーだった田嶋エリサはもちろん「ファー・イースト」のステージの花形。元々彼女のダンスを、ボーカルのように見なして、それに音楽を付ける、というのが「ファー・イースト」の原点だった。つまりロックバンドで言えばヴォーカルだ。
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そんな彼女は、ステージのフロント、中央にいつも立ち、スポットライトを浴びた。出てくる順序はいつも最後。他の三人が揃って盛り上がったところで、逆光の中を彼女がシルエットになって登場。時にはスモークが焚かれる中で、彼女は片手を高く掲げ、祈るようなポーズでひざまずいたりする。
あんがいなかなか踊らなかった。何かぼんやり、あらぬ方向を向いて陶酔しているような感じで、逆光の中に立って体を揺らしている。
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客は彼女がいったい何をしているのかと思う。踊り始める前に、いくつかの「儀式」のための禊ぎ(みそぎ)のような、神秘的な時間があるのだった。
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ここに紹介するのは、一つの例にすぎないが−−−彼女の「禊ぎ」として最もよくあったパターンとして、次のようなものがあった。
音楽が鳴る中、立ったまま彼女は、赤いワインを飲む。
そして、ナイフを宙に掲げてかざした。
スポットライトにナイフの刃先が乱反射して、銀色に輝く。
左手に持ったナイフで、ゆっくりと、とてもゆっくりと、右の手首を切った。
赤い血が右の手首に一筋、流れる。
初めて Far East を見る客も多いクラブなどでは、ここで悲鳴が上がることもよくあった。
(彼女がダンサーだと知らなかった人たちは、彼女が何をしているのかと思ったらしい)
だが、彼女は、顔色ひとつ変えない。
そして手首をまた宙にかざして、今度はいとおしそうに、手首に伝う赤い血を吸う。
それから、(黒子が横から手渡す)グラスにつがれた赤いワインの残りを、血と混ぜて一息に飲んだ(コカイン入りのワインであったとする説ものちにあったが、真偽のほどは定かではない)。
まるで悪魔崇拝の儀式にも似た「みそぎ」は、 Far East というバンドを象徴する有名な、ライブ前の「儀式」だった。
当時、リアルタイムにライブを見たことのあるファンなら、 Far East =この「みそぎ」というイメージを 持っている人も多いだろう。
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・・・・そして彼女は顔を天に向け、どこかエクスタシーの表情で、まだ立ったままでいる。
これだけで10分ぐらいは過ぎることもあった。
静かに体を揺らし始める。客のほうは全く見ず、目を閉じたままで。
音楽がしだいに高まってくる・・・。
その儀式の前触れのような時間が過ぎると、たいていはリョウのパーカッションを合図に、彼女に派手なピンスポットが当たり、いきなり激しいダンスを始める。それとともに客も踊り始める。それが「ファー・イースト」ライブのイントロによくあるパターンだった。
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そして音楽が盛り上がり、いったん踊り始めるともう止まらない。長い髪を振り乱し、しなやかな体を自由に動かし、何も見えていないかのような没我状態で、まさにトランス・ダンスの極致というほどのもの。
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そんなクレイジーな彼女のダンスを見た人は、口を揃えて「ハラハラドキドキする」と言う。なぜなら半分以上は即興なのだから。
他の三人の、時には意地悪とも思える凄まじいアドリブにどこまで彼女がついていけるか? そんなジェットコースターにも似たスリルを客たちは見ていて味わうことになる。
この「音楽とダンスの即興バトル」こそが、「ファー・イースト」のライブの醍醐味だった。
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だが、子供の頃からクラシックバレエ、モダンダンスの厳しいダンスの訓練を受け、さらにジャズダンスを学び、ストリッパーまで経験したこともある彼女は、ほとんど負け知らず。天才ダンサーと呼ばれるゆえんである。
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クラブでのライブではできなかったが、野外レイヴで定番のようにおこなわれたもう一つの Far East を象徴するパフォーマンスとして、田嶋エリサが踊りながら服を脱ぎ捨ててゆき、最後には裸になって鶏を殺し、その生き血を浴びるといった、まるでブードゥー教のようなシャーマニックなパフォーマンスが有名だ。
それが凄かったのは、彼女が「本気」だったからだろう。
「エリサのあの儀式みたいなやつは、なんだかものすごく恐かった。でも感動した」と語る熱心な男性ファンもいる。
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イントロにもあったが、なぜ「血」なのか?
田嶋エリサはこれについて、インタビューで次のように短く語っている。
「血は神聖なものでしょ。そして血は、セックスよりも深い。
どんな民族の宗教儀式にも、そういうものがあるよね。
だからべつに、ブードゥーの真似だとか、悪魔崇拝とかね、それは現代の、知識に毒された人たちがそう言ってるだけで、あたしはとくに誰かの真似をしたわけじゃないのね
。
自分の中にあるものを、自然に出していこうと思ったら、結果的にそうなったってことだよね
」
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「ダンサーが裸になるバンド」−−−日本の、一部の「芸能」寄りのペーパー・メディア(たとえばスポーツ新聞、ゴシップ誌など)が、 Far East を取り上げた時、たいていこのようなスキャンダラスな書き方をすることが多かった。
その見出し自体は、まちがいとは言えない。しかしそれはたんに、 Far East の本質を見ずに「一般大衆」の歓心に媚びるような、表層的な、俗っぽい見方にすぎないことは、若い世代の Far East のファン たちが、一番よく知っていた。
実際、彼女が裸になると、(とくに野外のレイヴでは)半分近くの客もいっせいに服を脱ぎ、半裸あるいは全裸になって踊った。
こんな凄いライブは、「ファー・イースト」のレイヴ以外ではおよそありえなかったことだろう。「アンダーグラウンド・レイヴのドアーズ」「テクノ・ドアーズ」などと呼ばれるゆえんだ。
バンドメンバーたちが、騒音条例違反に加え、猥褻行為で逮捕されたのも有名な話。
「裸って、神秘的で美しいものだと教えてくれたのはエリサだった」と、ある女性ファンは言った。
一般にはスキャンダラスな、あるいはハプニング・アーティスト的なイメージが強い彼女だが、世間の評価とは逆に、ファンたちはむしろ、彼女の裸で踊る行為を、一種のシャーマン的なパフォーマンスとして理解し、時にはそこに宗教的な崇高さすら見ていたことがわかる。
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ステージ・ファッションは、ロングヘアにバンダナを巻いたヒッピー/ボヘミアン風スタイルに、下は動きやすいようにだろう、半ズボンジーンズにブーツが多かった。
上はたいていは背中のあいたシャツかドレスを着ていた。フォークロア調の、おへその見える短いキャミソールなどを着ていることもあったが、ステージ後半では脱ぐか破いた。背中の大きな蝶の刺青を見せるためだ。
その次に多かったのは、または、インディアン・ルックのようなスタイル。他に、革ジャケットにブーツといったカウガール風ファッション、稀に、元・暴走族のイメージとも重なる黒の革ジャンなどもあった。
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時にはもっとユニークな組み合わせもあった。
長いオールナイトのライブでは、市川カヲルと芙苑晶が休憩や交代のために抜けることがあり、エリサとリョウの二人だけで充分持つのだが、逆にリョウが抜けるとリズムキーパーがいない。
そのために考え出されたのが、チルアウトタイムのアンビエント風ダンスだった。
市川カヲルの物憂いサックス・ソロだけが響く中で、半裸の田嶋エリサが月明かりに照らされて踊る姿はまさにシャーマンの幻想美といったところ。
また、芙苑晶と二人だけの時は、彼がキーボードを弾いている後ろから絡んでいってキスをするなど、ラブ・アンド・ピースな夫婦ならではのホットなステージもあった。
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さらにまた、野外のレイヴの二日目などは、ダンサーとしてでなく、ミュージシャンとして参加したことも。
民族衣装みたいなやつを着て、エスニック・パーカッション(インド、チベット等、アジアの物が多かった)、シタールなどを、地べたにあぐらをかいて座って演奏する彼女はなかなかサマになっていて、そのシャンティ具合がカッコよかった(とくに、シタールはかなり上手くて、驚いた記憶がある)。
その後(彼らが解散後)、ポピュラー化したレイヴ・パーティで、そういった民族楽器を持ってくる人をたまに見かけるが、田嶋エリサはこの面でも先駆だったのでは?