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「ファー・イースト」作曲とレコーディング |
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ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット
( Far East Acid House Quartet )
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田嶋エリサ
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ステージではメインの彼女も、レコーディングでは一番奥に引っ込んで端役のようだった。しかし、他のメンバーに出来ないことが彼女には出来た。世界各地(とくに、アジア方面が多かった)に出かけるたび、趣味で買い集めたさまざまな民族楽器をレコーディングに活用して、 Far East 独自の神秘的なサウンドを作り出すことに貢献した。
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これは他の「テクノ」のバンドにはなかった要素であり、 Far East の音楽が「テクノ」よりも「トランス」寄りのようなイメージにシフトしていた(あるいは、あとで振り返ってみると、「トランス」の先駆と評されるようにもなった)原因は、彼女の持ち込んだエスニック・ヒッピー的な雰囲気が影響していることはあきらかだろう。
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作曲者のクレジットに彼女の名前がある曲が意外といくつかあるが、その多くは作曲と言うより、即興で弾いたシタールその他の民族楽器のパートが一定時間以上あった場合、作曲者としてのクレジットがなされたと考えられる。
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民族楽器の他には、雰囲気的な・効果音的なニュアンスのサウンドも作ることがあった。ロンドンで買ったEMSシンセサイザーが彼女の愛器で、これでアシッドな効果音を出すことが多かった。レイヴでも、意外にも、ステージに出てきてダンスを始める前に、あるいはレイヴの途中でEMSを操作して音を出している彼女の姿が見られる場合もたまにあった。
(EMSシンセサイザー「VCS3」は、ピンク・フロイドなどのバンドも使っていた初期の、原始的なアナログシンセ。)
- また、彼女は、中期以降は、実際に「作曲」も少しした。田嶋エリサの単独でのクレジットがされているいくつかの曲がそれに該当する。ただし、彼女曰く、彼女の作曲は「ほとんど鼻歌」で、たいていは芙苑晶がそのメロディを譜面に起こし、あとでみんなでコードをつけたりして、仕上げたものだ。
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発言より >
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「私たちは元々、デモクラシー(民主主義)のバンドで、そもそもリーダーというのはあってないようなものだった。みんな強烈に自分勝手な人間ばかりだったけど、それでも四人が集まる時は、音楽活動であれ遊びであれ、四人がいつも公平でないといやだった。それは作曲やレコーディングの面でも同じで、みんなが公平にアイディアを出し合う」
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「やり方はこうだ。スタジオに四人が集まる。アキ(芙苑晶)がキーボードの前に座り、リョウがリズムマシンとコンピューターの前に座っている。あたしとカヲルがその周りを囲んで、ああでもない、こうでもないとアイディアを出し合うのだ」
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「私やカヲルが鼻歌でフフーンとか歌ったメロディの切れ端を、アキが楽譜に書いてメモを取る。リョウは譜面が書けない。その代わり、ビートを刻むのは彼の役目。リョウは愛用の AKAI のMPC(註:リズムマシン)とコンピューターなんかを使って、どんどんリズムを打ち込んでいく」
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「そうやってベーシック・トラックが出来上がると、またそれを聴きながら、みんなで意見を出し合う。ああしよう、こうしよう、と、みんなが思いついたことをどんどんコンピューターに入れてしまう。ラフのトラックが出来ると、カヲルがリードを吹いたりする。あたしはたまらなくなって、スタジオの中でもう踊り出している。
この、音楽とリンクしてダンサーの体が自然に動き出すかどうかが、あたしたちの音楽の基本になっていた」
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「今振り返ってみると、 Far East は、レイヴのことばかりが話題になってしまって、音楽のことをほとんど誰も言わなかったけど、私は誰よりも、 Far East の音楽を愛していた。 Far East のアルバムは、どれも好きだ。私は、 Far East の音楽の一番のファンかもしれない」
(田嶋エリサ・エッセイより)
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