Far East Acid House Quartet - ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット
 
ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット( Far East Acid House Quartet )ファンサイト/資料館
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「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット」の世界

●90sヒッピー/ネオ・ヒッピー

 

 

 

  ここでいうヒッピーというのは、昔の60-70年代のヒッピーではない。いわゆる90sヒッピーであるとかテクノ・ヒッピー、ネオ・ヒッピーといった名称で呼ばれるあの世代の人々のヒッピーのグループである。これらの言葉はそれぞれ少しずつニュアンスは違うのだが、
 この新世代のヒッピーたち(ヒッピー第二世代とでも言おうか・・・)は、おそらく1960年代半ば−70年代前半生まれの人々の中で、日々管理されてゆく世界に憤りをおぼえた新しい世代の一群である。
 彼らの中には両親が第一世代のヒッピーという人も珍しくはなく、このグループの中でも、田嶋エリサ、芙苑晶、スペースDJリョウ、市川カヲルという四人が四人とも、両親がヒッピーないしは何らかの形で1960年代のヒッピームーブメントに関係した形跡のある人々ばかりであった。いわば、違う言い方をすれば、いわば「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット」とは、ヒッピー2世たちによって結成されたバンドだったと言うこともできるだろう。
 
 この第2世代のヒッピー、いわゆるヒッピー2世たちは、もちろん最初のヒッピー世代(だいたい60-70年代の)とはかなり違っている。ちょうどその60-70年代に生まれた人たちが中心で、これは日本に限らず世界的な現象なのだが、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットはその世代を代表するバンドであったとも言える。
 
 このネオ・ヒッピー文化を象徴するものに、アメリカのイベント、バーニングマンがあるし、日本においてはレインボー2000に代表される野外テクノ・パーティが挙げられるだろう。
 また、もっとなじみ深いところで言えば、テクノやハウスも大きな意味では、この90sヒッピー/テクノ・ヒッピー文化(とくにその黎明期と出自において)に関係している。
 
(野崎・三珠)
 
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