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●歴史
 
(1)デュオ・バンド「淫心」(第1期、1986)
 

 まだ高校在学中に始めたバンド「緑葬」での活動に不満を抱き、早くも脱退したマダム呪々と芙苑晶の二人を中心に発足し、野崎ニーナ、市川カヲル、三珠アケミなどのゲストを迎えながら活動していたバンドである。

一説によると、「緑葬」が上埜邦彦のバンドだったのに対し、芙苑晶は自分のリーダー・プロジェクトを作ろうとしてマダム呪々とともにこの「淫心」を立ち上げたのだとも言われており、それはマダム呪々に言わせると「緑葬がファウストなら、淫心はアモン・デュールだった」というくらいのもので(また、三珠アケミは「この二つのバンドは、アモン・デュールとアモン・デュールIIのような関係だった」と言ったことがある)、たしかに違いはあったが、大きく見ればいずれも共通性の多い二つのプロジェクトだったらしい。

このプロジェクトは、インタビューの断片などを総合して判断すると、テープ・コラージュを主体とする、ほとんどバンドとも言えないような実験的ユニット・プロジェクトとして始まったらしい。

この試行錯誤と思われる黎明期の音源の内容には大まかに二種類あり、芙苑晶とマダム呪々の二人がそれぞれの自宅でおこなった、ジョルジュ・バタイユの小説を元にしたテープ・コラージュ音楽「眼球譚」(芙苑晶とマダム呪々の共作によるミュージック・コンクレート)などの作品、また、この二人が他の数名のメンバーを集めてやっていたサイケデリック・ロック・ユニット(これも「淫心」というバンド名だった)等々、雑多な音源が含まれている。

バンドのほうの「淫心」はアモン・デュールやファウストといった70年代のクラウトロックを思わせる超現実的なエフェクトやサウンド・コラージュをフィーチャーした、サイケデリック・ロックとハウスの中間のような混沌としたサウンドによる奇妙な味の音を出すバンドであった。

二人は最終的にそうやって集めた音源を自宅に持ち帰り、さまざまに加工・編集するという方法で、最初のアルバムらしきものを仕上げている。

この音源はのちに一時、「淫心/割礼」と題する私家版のカセット作品集にまとめ上げられた。これがいわゆる彼らの「1stアルバム」なのだが、自主制作により200部ほどカセット・リリースされ、いくつかのレコード店に置かれたり、友人に手売りされただけのものであった。しかし意外にも内容は好評で、すぐに完売してしまったという。

これがのちに Nerve Nets Records より220部の限定盤としてリマスターされ再発されたこともある淫心の幻の 1st アルバム『割礼』(オリジナル盤は1987)である。

 

残忍な土着民族の歌(音源は不明)などに象徴される、陰惨なまでに徹底した原始音楽への志向性や、アモン・デュール風の奇抜なテープコラージュ、テレミンやギターの即興演奏など、雑多な要素を包含する本作は、アルバムとして聴くと幾分チグハグな印象はぬぐえないものの、当時わずか十七才の芙苑晶が、最初に意識的に制作した初のバンド・アルバムである点や、のちの幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)やファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットに見られる諸要素が萌芽の形ですでにここに胚胎している点、さらにはテレミンを使った日本初のロック・アルバムとも言われており、今では芙苑晶ファン垂涎の「幻の作品」となっている。

(2)「淫心」(第2期:5人編成、1986-88)

芙苑晶とマダム呪々のユニット「淫心」(揺籃期)と、それまで不定型なダンス・ミュージック・ユニットとして活動していた「蜘蛛」の二つが合体し誕生したのが、この第1期「淫心」である。

1986年京都で結成された、ハウス/サイケデリック音楽バンドであり、「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット( Far East Acid House Quartet )」の前身となったグループで、メンバーは、

マダム呪々(ギター)、

田嶋エリサ (ダンス、シタール、テレミン)

スペースDJリョウ (リズム、ターンテーブル)

市川カヲル (サックス)

芙苑晶 (シンセサイザー、キーボード、テレミン)

の5人編成で、ここに野崎ニーナ(VCS3)もまたゲストで参加している。

1988年、2nd アルバム『鳥どもの家』を発表。スタジオでの音響実験を繰り返して生まれた、無秩序で実験的音楽であり、1st の延長線上にある超現実的な不気味なサウンドではあるが、彼らの個性がより明白になってきている。

マダム呪々の奇怪な、とてもギターには聞こえないギターの音、芙苑晶のシンセやテープコラージュという二本柱を中心に、のちのファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットのメンバーとして残ることになる三人、すなわち、スペースDJリョウのリズムボックス、田嶋エリサの各種民族楽器とパーカッション、市川カヲルの狂気じみたサックスが即興演奏を繰り広げる。

実際に彼らの私生活がどうだったかは知らないが、この頃の「淫心」は、すでに早くもありとあらゆるドラッグをやり尽くし、人生に疲弊したような匂いがぷんぷん漂う、どこか離人症的な匂いを感じさせる音である。

今まで通算たった3枚しかアルバムが出ていないのだが、『鳥どもの家』は「淫心」の音源の中では最も知られた作品かもしれない。
のち、これはLPでリリースされ、すぐに完売しているが、のち、94年にニューヨークの Nerve Nets Records からCDで再発されている。

このアルバムのレコーディング中にマダム呪々が脱退、曲によってはマダム呪々を除いた4人編成の演奏がレコーディングされていると言われている。

また、興味深い点は、曲によっては、早くもアシッド・ハウス的なサウンドが認められることである。それは彼らの1st にはなかった(そしてこの次の三作目にもほとんど見られない)もので、やがてのちにメンバーは、マダム呪々脱退後、4人編成となり、88年の夏にロンドン滞在中、壮絶なアシッド・ハウス・ムーブメント(セカンド・サマー・オブ・ラブの名で知られる)に遭遇。カルチャーショックを受け、バンド名を「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット」と改めて再出発することになる。

したがって、「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット」とこの第1期「淫心」は兄弟関係にあり、ちょうどビートルズとその前身バンドのクウォリーメンのようなイメージで考えてもらえればいいが、しかし「ファー・イースト」と「淫心」では音楽的には傾向が異なっており、バンド名通りアシッド・ハウスが中心の「ファー・イースト」に比べ、この第1期「淫心」時代の彼らは、(部分的にアシッド・ハウス的な要素は聴かれるものの)もっと無秩序で混沌としたサウンドである。

無理にそれらの共通点を見いだすとすればそれはサイケデリックあるいはアンダーグラウンドという点だろう。
このため、第二期「淫心」ないしは『鳥どもの家』は、その特異なサウンドと時代的位置により、「クラウトロックとアシッド・ハウスの稀有なミッシング・リンク」(上埜邦彦)などとも評されることがある。

(2)「淫心」(第3期〜現在、1993-)

以上が第2期「淫心」と呼ばれるもので、「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット」の前身となったバンドであり、いったん1988年に終わっているが、93年に第2期(以降現在に至る)「淫心」が再結成される。

 こちらのほうの「淫心」は、マダム呪々(ギター、テープ)と芙苑晶(シンセサイザー、キーボード、テレミン)との二人に、野崎ニーナ( VCS3、テープ) を第三の正規メンバーとして迎えて結成され、現在も継続されているもので、ほぼバンドの第1期(1986年頃)のスタイルに戻ったわけだ。

このユニットで1995年、3rd アルバム『不妊植物』を発表。

マダム呪々、芙苑晶、野崎ニーナの三人が、さまざまなエレクトロニクス機材で加工変調した音響コラージュを主体に、ときおりダーク・アンビエント風の、やる気があるのかと疑いたくなるほどの妙に虚ろでけだるいアンサンブルによっていろいろな即興演奏が重ねられていく、ダウナーで幻覚的な音響世界だ。

メンバーは他に、元「緑葬」のドラマーの三珠アケミ、 ヒプノティック・ツイン、田嶋エリサなども参加しているものの、それらも最終的に通常の演奏ではなく、ほとんどサウンドコラージュのための素材にされてしまっている。

以上をまとめてみると、「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット」と「淫心」(とくに93年以降、第2期)は、ちょうど彼らが影響を受けていたという、アモン・デュールとアモン・デュール II のような関係とも言えるかもしれない。
「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット」はイリーガル・レイヴ専門のバンドとして出発し、クラブ・オリエンテッドなダンス・ミュージックへ向かったが、「淫心」は神秘主義的サイケデリック・サウンドコラージュという方向を志した。

このグループは、95年に最後の作品『不妊植物』を出したきり、とくに表立った活動はしていないが、とくに解散表明は出しておらず、まだ継続しているプロジェクトである。

 
(c) Midara Gokoro / Lavalamp Records, Japan