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野崎ニーナ・幻想詩集
猫の死骸
猫は 飛び出した
夏の終わりの アスファルトのうえ
餌見つけてか 恋人に会いたくてか
信号無視して 駆け出して
赤と知らずに はねられた
倒れて動けぬ そのうえを
まだ生きていた猫のうえを
たくさんの
数え切れない車が走り
気持ち悪がって恐がって
よける人たちはいても
助ける人など ひとりもいない
それは都会のど真ん中
四車線の 交通量の多い道路で
みんな自分の用事にかまけ
忙しくって 前向いて
猫など誰も知らん顔
片脚が折れ 動けぬ猫は
立ち上がりざまに トドメの一発
乱暴な外車に上から轢かれた
悲しい断末魔の声は
上品ぶったクラクションに消された
なりふりかまわず 飛び出していた
あたしは猫を だきかかえ
苦い顔のタクシーに舌打ちされ
ダンプにバカと怒鳴られて
中央分離帯で右往左往
ベンツに轢かれそうになり
市バスに煤煙吹きかけられて
ジグザグに駆けて いつしか雨の中
あたしは病院へ連れてった
かすかに息が あったから
看護婦が困った顔をした
ここは動物病院じゃありません
あたしが声を荒げると
もったいつけて 十分後
白衣を着たお医者が出てきて言うことにゃ
診察が忙しいんですよ
患者さんが待ってるんですよ
法律で決まってるんですよ
困るなあ 床が汚れるじゃないか
今朝掃除したばっかりなのにさ
あんた誰 名前は住所は職業は
あたしは言った 誰でもないわ
とおりがかりの お人好しよ
それよりこの猫 助けてあげて
死にそうなのよ 見りゃわかるでしょ
昔おぼえた喧嘩の要領で
あたしは医者にカツアゲした
そしたらこんどは また五分後
奥から屈強な若い男があらわれて
あたしはポイと つまみ出された
ふいに雨足が強くなった
空がいっしょに泣いていた
猫はとっくに死んでいた
折れた頸骨は左にねじれ
背中もL字に曲がってた
おまけに内臓がはみ出して
手で押さえても 落ちてしまった
あたしは歩いた どこまでも
終わらない雨と 根くらべして
できるだけとおくへ 行きたかった
人間のいない世界へ 行きたかった
脚が棒になるまで歩いて
あたしはいくつもの街を超え
ようやく ちいさな山のふもとに
人里離れた村の隅に
誰もやってこない場所を見つけた
スコップがないので 手で掘った
すぐに爪が割れて 血が流れた
おかまいなしに あたしは掘った
あたしの血と涙を あとからあとから雨が洗った
悲しく開いた唇に 九月の雨が冷たかった
ようやく墓掘り工事が終わる頃には
猫はまるで 剥製のように 固くなり
きっとこれが死後硬直ってやつだと
素人のあたしでもわかった
その冷たさに うつろさに
埋めることなど できなくて
いつまでも猫を抱いていた
いつしかもうとうに陽は沈み
そばの川は氾濫して泥が渦巻き始めていた
あたしは皮ジャンから煙草を出して
すこし吸ってから 土に立てた
それからデタラメな お葬式をした
あんた バカだね
どうしようもない のろまだね
今度生まれてくるときは
こんな星に生まれて来ちゃダメだよ
車のない星に
道路などない星に
いえ人間のいない星に
生まれて思いきり 土を駆けるのよ
ああでもせめて
もうほんの十分早く いえ五分でいい
診てくれたなら 助かったかも
いえ死んでもいい ダメでもともと
せめてその気を 見せてほしかった
いのちの重さは 誰もがおなじと
言った人はだれ
動物をたいせつに かわいがろうと
教えた人はだれ
大人になったら 忘れるの
子供のときだけ そう言うの
あたしはそこを動かなかった
冷たい雨のふりしきる中
何も言うべき ことなどなかった
ただ ただあたしは
バカヤローてめえらこそ死んじまえと
世界じゅうに叫んでやりたかった
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