野崎ニーナ
詩人。
詩集『メスカリンもしくは光の伽藍』( 1983 )『裸のニーナ』( 1985 )『灰と太陽の共和国』( 1990 )『盲いた蝶たちの歌』( 1997 )など、幻想と狂気、愛と死、幻覚体験、放浪生活等々、青春の彷徨を赤裸々に描き、熱烈な読者を持つ。サイケデリックやシュールリアリズムに影響された、幻覚的な作風の絵画でも知られる。
[ 略歴 ]
7 月 13 日神戸生れ。
フランスと日本のハーフとして生まれる。十代から二十代にかけて、各地で無目的に放浪生活を送るが、のち、ヨーロッパ滞在中、 LSD 体験をし、サイケデリックに影響された詩を書き始める。これと並行して、幻想的な絵画作品を制作を始める。
1983 年、第一詩集『メスカリンもしくは光の伽藍』 発表。
1985 年、第二詩集『裸のニーナ』発表。
また、これらと相前後して、 1986 年、実験的サイケデリック音楽ユニット「淫心」のメンバーであった、マダム呪々、芙苑晶の二人とともに、第三のメンバーとして、ミュージック・コンクレート作品を共同制作、シンセサイザー、ヴォイスを担当したほか、グラフィック・アートを担当する。以後「淫心」の第三のメンバーとして加入。同グループは、『割礼』( 1986 )『鳥どもの家』( 1987 )『不妊植物』( 1995 )などのアルバムを制作発表。
さらに、以後は、画家として、「ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテット( Far East Acid House Quartet )」や、ニューヨークのサイケデリック・トランス・ユニット「幻覚植物研究所(Psychedelic Plants Research Laboratory)」、シンセサイザー奏者・作曲家・芙苑晶のジャケットやブックレットなど、数々の CD/LP のグラフィックを担当。
また、作品によっては、これらのアーティストに、アルバム・タイトルなどのアイディアや、詩(歌詞ではない)なども提供した。
また、同じく、 90 年代には、ファー・イースト・アシッド・ハウス・クワルテットの主宰するレイヴ・コミューン「灰と太陽の共和国」の命名者ともなり、みずからもレイヴ・コミューンに参加したり、アンダーグラウンド・レイヴ・カルチャー誌「地下室」にエッセイを執筆したりもした。
90 年、第三詩集『灰と太陽の共和国』発表。
97 年、第四詩集『盲いた蝶たちの歌』発表。
この詩集の発表を最後に、彼女はみずからの詩人として創作活動を封印する。
98 年以後は、事実上、創作活動をほとんど停止しており、文壇・画壇とは無縁に来たアーティストながら、オルタナティブ/テクノ/クラブ系音楽ファンや、トラベラー、ネオ・ヒッピー等を中心に、一部に熱烈な支持者を持つアーティストとして、近年再評価が高まっている。 |